第7話 地味男子、現実に逃避する

 聖ヴァレンシア学園に喧嘩を売ってから翌日。

 今日は祝日で、いつもならダンジョンで魔王なりきりプレイを楽しむところ、ボクはシフトを代わってもらってコンビニバイトをしていた。


「ありがとうございましたー。またご利用くださいませー」


 笑顔でお客さんに接客する。

 お金を稼ぐだけのお仕事だったはずなのに、余計なことを考える暇もなくて、今はちょうどよい現実逃避先となっていた。


 いや……現実に逃避か……。

 魔王時でのやらかしっぷりに、自分のことながら頭が痛くなる。


「はあ……品出ししよ」


 回復ポーションや武器の練磨剤や魔銃マジックガンのカートリッジを、棚にテンポよく並べていく。規則正しい動きをしているといくらか気持ちが落ち着いてきたので、昨夜のことを改めて考える。


 どうしてアルマが聖ヴァレンシア学園の保護ダンジョンに赴いたのだが。


【これからお前は我の配下だ。この世界に我とお前の名を轟かせようぞ】


 これだ。

 この、ボクの台詞が原因だった。


 ボクは魔王辞令的なお軽い感じで言ったのだが、彼女には超クリティカルヒットな台詞だったようで、それはそれはハッスルしてしまった。


 ヴァレンシアは学園次元都市の中でも有名な学園だ。

 風紀を担っているためか魔王の存在には否定的で……なんなら小馬鹿にする発言もたびたび発信していたらしい。


 だから、彼女は名を轟かせるついでに喧嘩をしかけた。


『魔王さま、あとは学園側の反応待ちでございますね。

 わたし、足手纏いにならぬよう精一杯サポートいたします』

『う、うむ……そうだな。よくやってくれたな……想像以上に……』

『はい……! はいっ……! あなたさまのためなら……この身尽きるまでがんばらせていただきます……!』


 アルマは頬を染めて、ボクの両手をにぎにぎしながら感激していた。

 可愛い……。

 ほんとうに可愛いんだけども……!


 ひとまず大ごとになる前に、ダンジョンは去ったが。

 いや、もう大ごとにはなったか……。

 魔王なりきり中はどうも気が強くなるというか、調子に乗りやすくなるというか……昨日はやりすぎた。


 モンスターの強さもわかってないのに一歩も退こうとしていないし。

 なりきりとはいえ、ボクに魔王のプライドが根付いているのだろうか。


「ひっ!」


 真っ白い制服に背筋が凍る。

 聖ヴァレンシア学園の生徒たちがコンビニ前を歩いていたので、ボクはプライドもなく商品棚に隠れた。


 学園次元都市トゴサカで自治や風紀を担っている、ヴァレンシアの生徒。

 悪さを働いた生徒や、マナーの悪い冒険者は、あの真っ白い制服が夢にでてくるほど手厳しい【指導】にあうと聞く。


 絶対に、絶対に、身バレしませんよーに!

 伊達メガネは深くかけておこう。


「……どーしたの、鴎外君? なんで棚に隠れているの?」


 赤沢先輩が、実に不思議そうにボクを見つめていた。

 ボクはぎこちない笑みを浮かべながら答える。


「ヴァ、ヴァレンシアの生徒が……」

「ヴァレンシアの生徒が?」


 いやなに正直に答えようとしているんだ。


「……ヴァレンシアの生徒がいつになくピリピリしていて怖いなーって」

「ああっ! 昨晩のことがあったからねー!

 あの子たち、ただでさえ威圧感を放ちまくりなのにもう超怖いオーラがビシビシだよね!」


 赤沢先輩は困ったもんだよねーと笑った。


鷗外おうがい君は昨晩のこと知っているの?」

「……一応は」


 当事者です。


「わたしも配信をリアタイで観たけどさー!

 やー、魔王さま? 強い強い、ちょー強い!

 わたしビックリしちゃって、まあそれよりもヴァレンシアに喧嘩を売ったことのほうが驚いたけどね!」

「ですよね……」


 ボクがゲンナリしていると、赤沢先輩はちょっと気遣ったように言う。


「あー……ヴァレンシアの生徒、怒らせると怖いもんねー。

 自分とは関係なくてもビビッちゃうよね? 大人もあそこには逆らいたくないって感じだし」

「大人もですか?」

「えっと、ちょっと前かな? 素行の悪い冒険者が学園次元都市に稼ぎにきたんだけどねー……かなりグレーな稼ぎ方をして捕まったのよ」

「ヴァレンシアの生徒に?」

「うんーっ。捕まった冒険者もたかが子供相手だって舐めていたみたいなんだけど……。

 その冒険者、数日後にすっかり生気が抜けた顔で謝罪動画をだしてきてさー。いやー……ほんと怖かった怖かった」


 聞けば聞くほどボクの生気も抜けていくんですけど……。


「あ、あの……そ、その冒険者。監禁されて例の指導をされていたとか……?」

「わかんないー! まあ学園内部で私刑があったとしても、うまく誤魔化すところだからねー。

 今回の騒動も、たぶん学生同士の喧嘩にするつもりだと思うよー」

「な、なんでです?」

「大人の介入を避けるため」


 ボクがどんな顔色になったかわからないが、赤沢先輩はちょっと心配そうな表情になっていた。


 聖ヴァレンシア学園の生徒は、国からある程度の自治権を与えられている。

 ダンジョン化現象に収束の兆しがない現代社会。

 ダンジョンとの共存をテーマにつくられた学園次元都市トゴサカでは、おそらく、ヴァレンシア生徒の風紀委員的な行動も研究者がサンプリングしているはずだ。


 彼らの指導はいわば国公認なのだ。


 そういった権力をもつ相手に、ただの魔王なりきりコスプレ野郎がどう立ち向かえばいいのやら……。


「赤沢先輩……。ヴァレンシアは、クレバーな立ち回りもできるから……大人も逆らいたくないんですか?」

「だねー! やー、くわばらくわばらだよー!」

 

 赤沢先輩はケラケラと笑っていた。

 赤沢先輩の明るさにいくらかは心が楽になったが、気を緩めてはいられない。


 どうにかして聖ヴァレンシア学園との正面衝突を避けなければ魔王の……否、ボクの人生がとても大変なことになってしまう。


 絶対に、ぜーーーーったいに、身バレは避けてやる!

 信じろ!

 ボクの影のうすさを!

 地味・平凡・冴えないボクという存在を見せつけてやれ……いや、見せつけたらバレかねないので見せつけるな!


 次の日。

 ヴァレンシアの生徒たちが、ボクの通っている日比野高校に襲来した。

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