第5話 地味男子、魔王を演じることを決める

 アルマから告白されて、次の日の放課後。

 彼女の自宅にお呼ばれされたボクは、豪勢な甘城宅前でぼけーっと立っていた。


「……ここがアルマの家かあ」


 おしゃれデザインの一軒家には、砦のような重厚なブロック塀がぐるりと囲んでいる。

 敷地面積はどれぐらいあるんだろ……。


 中央区は高級住宅が多いとは聞いていたけれど、ブルジョワ波動に気圧される。

 お嬢さま属性まであるなんて、とことん住む世界が違うな。

 ボクの人生と接点を持つはずのない彼女から告白……いや告白なのかわからないが、真意をたしかめるためにも踏みこむしかない。


 ボクは大きく深呼吸してから玄関ブザーを鳴らした。

 重々しい門が自動でひらき、すぐにアルマが涼しい顔してやってくる。


「ようこそおいでくださいました……魔王さま」

「魔王じゃなくて、鴎外みそらね」

「……みそらさま、どうぞお入りください」


 ほんの少しだけ不満そうなアルマに招かれて、家に入る。

 ボクの部屋よりずっとずっと広い玄関。

 黒板ぐらいでかい絵画。

 高価そうな調度品の数々を前に、ボクは平凡な感想をつぶやくしかなかった。


「す、すごい家だね」

「魔王城に比べれば全然たいしたことありません」


 あったのか、魔王城。

 ちなみに前世の話は信じたわけではない。

 今日ボクがここに来たのは彼女がどこまで本気なのかをたしかめるためだ。

 

「みそらさま、こちらがわたしの部屋になります」

「う、うん……」


 唾をゴクリと飲みこむ。

 女の子……それも自分を慕う美少女の部屋に呼ばれることなんて、本当に現実なのかと浮ついた気持ちにもなるが。


「散らかっておりまして、少し恥ずかしいですが……」

「そんなの別に気にし………………」


 スンッと、ボクの顔から感情が消えた。


 甘城アルマの部屋は、闇があふれていた。


 全体的に青い部屋で、床には巨大魔方陣が描かれている。

 魔方陣はまだいい。壁面にはおどろおどろしい武器がいっぱい飾られていて、棚にはモンスターの骨や臓器らしきものがビンで飾られている。


 部屋を彩るダークな調度品を前に、暗黒大陸に迷いこんだのかと錯覚した。

 ボクはどうにか口をひらく。


「すごく……独創的な部屋だね……」

「お褒めにいただき光栄です」

「ね、ねえ……。あのミイラの頭って……ただのイミテーションだよね……?」

「ニコッ」


 ひかえめな笑顔が怖いんだが⁉

 ここに来る前、甘城アルマの過去配信の動画を漁っていたとき、たまーに地獄のような部屋で配信していたのを観たが……。

 やはり彼女の自室だったようだ。


 闇エンジョイ勢なボクだからこそわかる。

 彼女はガチだ。

 だ。

 返答を間違えればどんな行動にでるかわからない。


「それではみそらさま、こちらにお着替えください」


 警戒していたボクに、アルマはうきうきでローブを差しだしてきた。


 ※※※


「おおぅ……!」


 鏡の前に座らされていたボクは、思わず喜んでしまった。

 ボクの隣に立っていたアルマがたずねる。


「どうでしょうか? お気に召したら嬉しいのですが」

「う、うん……! ボクじゃないみたい……! まるっきり別人みたいだ!」


 鏡には、魔王姿のボクが映っていた。


 ボクお手製のコスプレ衣装じゃない。アルマが用意したものだ。

 頭の角はより禍々しくなり、髪はオールバックで、ヴィジュアル系みたいな化粧のおかげでより人外に見える。ローブの生地は重厚で、ネックレスや腕輪などのアクセサリーは妖しげな光を放っている。


 安物コスプレ衣装よりずっと格がある。ずっと魔王らしかった。


「ふふっ……いいな。これ。すごくいい」

「魔王さまの格を引きだすために、相応しい服をご用意しました。

 気に入っていただけたようで、とっても嬉しいです」

「ああ――って、ボクは魔王じゃないからね⁉」


 真・魔王衣装に心奪われるあまり、危うく魔王と認めるところだった。

 否定したボクに、アルマは寂しそうに微笑む。


「いたらぬわたしをまだ信用してくださらないのですね……。自分の力不足が恨めしいです……」

「信用とかじゃなくて、ボクは魔王さまじゃないんだって」

「どうすれば信用していただけますでしょうか?」


 アルマが顔を近づける。

 ハイライトのない瞳で見つめられ、ボクの背中に冷たい汗が流れた。


「し、信用もなにも……」

「じー」

「と、と、ところで! この服、かなり凝ったものだけどいつ準備したの? 着心地もすごくいいし……」

「いずれお会いするであろう魔王さまのため常々用意しておりました。

 服の採寸は……お会いしてからずっと教室で観察しておりましたし、目算で測ることぐらい造作もありません」


 なんてことのないように言うので、ボクは笑顔をひきつらせた。

 本気で言っていることは、彼女の配信動画を見てわかっている。


 動画でも彼女は『前世は闇のしもべ』『闇の主と恋仲』だったと公言している。


 なんなら愛し合ったという闇の主召喚のために、生贄サバトという名のモンスター狩りを配信しまくっていた。

 甘城アルマが若くして一流冒険者なのは、その生贄サバトのおかげだ。


 屠ったモンスターは数知れず。

 そのゆるぎない我と、無慈悲な戦い方に惹かれたのか、彼女にはコアなファンが多い。


「そ、そうなんだ……ありがとう……。用意するの大変だったよね……」

「いいえ、こんなこと……魔王さまを待ちつづけた日々に比べればなんてことありません」

「あ、や、魔王と認めたわけじゃないんだけどね……」

「じー」

「あ、あはははは……」


 つまりボクは彼女にとって白馬の王子さまならぬ、暗黒の魔王さまだったわけだ。


 闇エンジョイ勢のボクだからこそわかる。

 甘城アルマは闇ガチ勢だ。

 頭のてっぺんからつま先まで闇に染まりきっている。本気で前世があったと信じているし、ボクを愛し合った闇の主だと見定めていた。


 それでも、美少女に愛されるなら別にいいじゃないかと思う人がいるかもしれない。

 舐めないでほしい。

 本気の闇を。深淵を。


「ア、アルマ。もし、もしだよ……? ボクが本当に魔王じゃなかったどうするつもり?

 ただそう言っているだけの普通の人間かもだよ……」

「そんなことは万に一つもありませんが、そうですね……」


 アルマはサラリと答える。


「思い出してもらいます」

「おも……思い出す⁉

 いやだから本当に魔王じゃなかったらの話をしているわけでね」

「ですから、魔王さまだと思い出してもらうまで、闇に呑まれてもらいます」


 アルマはうすーく笑った。


 本能的な恐怖を感じとり、鳥肌がぷつぷつと立つ。

 なにをするつもりだろうか。

 どう闇に呑ますつもりだろうか。

 部屋に飾られた凶器やら、なにかしらの臓器やら、摩訶不思議な魔方陣やらがボクに圧を与えてくる。彼女とはかかわるべきでないと、生存本能が警笛を鳴らしていた。


 き、きっぱりと言おう。

 ボクはただの魔王コスプレ野郎だって。


「で、でもね……。それでもボクが……魔王じゃなかった場合は……?」

「そのときは……」

「そのときは?」

「今世ではご縁がなかったということで……みそらさまと運命を共にいたしましょう」


 どういう意味だろ。

 アルマ、目が全然笑っていないね。

 深く聞くべきか。けど、めっちゃめちゃ後悔しそうな気がする。


 ダメだ。やっぱり彼女とはかかわっちゃダメだ。

 きっぱりボクは魔王じゃありませんと告げよう。


 ボクは彼女のハイライトのない瞳を見つめる。


「――ふんっ、まったく頑固な奴よの。前世と変わっておらんわ」


 アルマの頬が赤くなって、瞳が星のように輝いた。


「魔王……さまあっ!」 


 無理無理無理無理無理無理!

 だって怖いし‼‼‼

 ここで魔王を演じても、誰もボクを責められないと思うんだ……。

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