第6話 地味男子、魔王姿で配信をはじめる

 ボクの魔王な態度にアルマが食いついてきたが、どうにか妄想ストーリーを作って誤魔化した。


 ボク……我はこの世界で受肉したはいいが、力の大半を失ったこと。

 力を取りもどすため、郊外でモンスターを狩っていたこと。

 弱者のフリをしながら虎視眈々と力を蓄えつづけて、今はダンジョン現象下でなら魔王の力を使えること。


 ついでに、前世の記憶はあまりないと伝えた。


「お前のことはうっすらとしか覚えおらんのだ。許せ」

「そんな……謝っていただく必要はありません。

 わたしのことを心に留めていただけただけでも……嬉しいのです」


 胸がチクリと痛む。


「……いずれ、お前のことはきちんと思い出すかもしれん」

「お待ちしております」


 静かに微笑むアルマに、正直に伝えようか考えなおした。

 が、彼女の部屋にあった真っ赤な包丁がギラギラと光っていたので、やっぱりこのまま魔王演技をつづけることにする。


「これからお前は我の配下だ。この世界に我とお前の名を轟かせようぞ」


 せめて彼女が心から楽しめるよう、とことん付き合うつもりでいた。

 ボクがそう言うと、アルマは表情を明るくさせる。


「それでは魔王さま、ダンジョンにまいりましょう」


 ――そんなわけで、ボクたちは出かけることになった。


 目的はダンジョン攻略。

 魔王の力を配信することで、世間に名を覚えてもらおうということらしい。

 アルマはすでに自分の専用チャンネルで告知したもよう。

 人前にでるのはかなり抵抗あるが、仕方ない。ネットで変に加熱している魔王が本物か否かの論争も、姿をあらわせばひとまずは落ち着くだろう。


 さすがに世間も、ボクが普通の人だってわかるはず。


 ボクたちは杉林の中にあった亀裂――次元断層ダンジョン入り口を越えて、ダンジョン内へと侵入する。


 そこは色とりどりの花が咲く、のどかな野原だった。

 外の世界はもう夜だが、ダンジョン内は真昼か。

 もっと凄惨で腐臭がするようなダンジョンでも攻略すると思っていただけに、ちょっぴり肩すかしを食らう。


 花畑に立つ、アルマは可憐だ。

 彼女はステータス画面をひらき、配信をはじめている。


「闇の始まりに、ようこそおいでくださいました……。

 本日もみなさまを暗黒に染めてさしあげましょう……」


 アルマが慣れた感じで挨拶すると、ステータス画面でチャットが流れる。


『こんばんやみー』

『こんばんやみー。アルマさまっ! おめでとう!』

『魔王さまの配下になったんだよね!』

『闇の主との邂逅を、ずっとずっーーーと待っていたものね!』

『魔王さまとお幸せに!』


 ノリがいいなあ。

 まあアルマの配信はかなり独特なので、わざわざ見る人も偏っているか。


 リスナーの反応に、アルマは恥ずかしそうに目を伏せる。


「あ、ありがとうございます……。ま、まだ今世で結ばれたわけではありませんが……。

 世界を暗黒に染めあげるその日まで、魔王さまとがんばってまいります」


 可愛い。ほんとうに可愛い。

 言っていることがちょっと物騒なことを差しひいても、とても可愛い。


 と、アルマがちらりとボクを見つめる。


 なにかコメントして欲しいのかな。

 ボクはお腹に力をいれて、いつもみたいに魔王脳内スイッチを入れる。


「ふんっ……ニンゲンなんぞに付き合うほど我は暇ではないのだがな。

 配下の頼みとあらば、無下にするわけにもいかぬ。

 心して聞け……我こそが魔王、魔王ガイデルである!」

『魔王さまだああああああああ!』

『ははあっ! 魔王さまー申し訳ありませんー』

『愚かなニンゲンになにとぞ、なにとぞお付き合いくださいませー!』


 ノリ、いいなあ!


『あ! 魔王さまの装いが変わってる!』

『魔王さまがめっちゃ魔王さまになってる!』

『威厳たっぷりです! 魔王さま!』


 わかる⁉

 いいよねー、この真・魔王衣装!

 ボクもすっっごく気に入っているんだ!

 ちょっと前まで着ていたのはやっぱり安っぽかったし、この衣装なら魔王な立ち居振る舞いもより力がはいるってもんよ!


 チャットの反応いいなあー。

 心が折れる覚悟もしたけど、ボクも個人で配信をはじめたくなったよ。


『なにが魔王だエセ野郎。バーーーーーーーーーーーー×カ! タヒね!』


 ……荒らしかな。

 わざわざNGワード避けまでして煽ってきている。

 配信の注目度が高いみたいだし、ボクの反応を探っているのかも。

 腹は立つが、冷静に対応しなきゃ。


「ニンゲンの中でも選りすぐりの愚者がおるようだな。のう、アル――」

「…………」


 アルマは瞳のハイライトを消して、無言で画面を見つめていた。


 怖い……。ほんとうに怖い……。

 あまりの迫力にチャットの流れが停滞している。

 ボクは彼女が落ち着くように声をかけた。


「……アルマ。我が本物の魔王であるか否かは、お前自身がよーくわかっておるだろう」

「! は、はい……。もちろんでございます!」

「うむ」

「この愚かモノに、死の呪言を百回ほど脳内で唱えておりましたが……。

 魔王さまの力を目の当たりにすればこのような雑音も消えましょう……!」

「……うむ」


 彼女にとことん付き合うつもりだけど大丈夫かな……。

 魔王ボクが側にいることで過激化するんじゃ……。


 ボクがうーんと考えこんでいると、空からモンスターの気配がする。 

 やれやれ、悩んでいる暇はなさそうだ。


「キィイイイイイイイイイイッ!」


 金切り声を叫びながら、そいつは野原にドスーンッと着地する。


 全長10メートルほどのグリフォンだ。

 機械化しているようで、全身が白銀の鎧でおおわれている。


白銀翼獣プラチナグリフォンだ!』

『え⁉ もしかして魔王さま、闘うつもりなの⁉⁉』

『さすがに無理すぎるんじゃ⁉⁉⁉』


 心配するチャットもあるが、みんなが思うような激戦にはならないと思う。


 なにせ今のボクは魔王さま。

 圧倒的に、尊大に、余裕をもって制してこそ魔王さまなのだ。


「キイイイイイイイイイイイイ!」


 プラチナグリフォンとやらが雄叫び、鋭利なくちばしでボクを突きさそうとする。

 しかしだ。


影の束縛シャドウチェーン


 魔王ポイント的に40点の技名になってしまったが、効果は絶大。

 地面から伸びてきた影の鎖は、白銀の鎧をまとったグリフォンをがんじがらめにして、完全に動きを封鎖する。


シュウ


 集。

 今の台詞はかっこよかったのでもう一度心の中で……集!


 影の鎖は収束して、機械化グリフォンを一瞬でバラバラにした。ズズンッと、細切れになった残骸が野原に散る。


 どれぐらい強い相手かしらないが、まあこんなものだろ。

 ボクがチャットに視線をやると、わっと文字がいきおいよく流れはじめた。


『すげええええええええええええええええええええ⁉⁉⁉』

『え⁉⁉⁉ 瞬殺じゃん⁉ まじ⁉』

『相手、白銀翼獣プラチナグリフォンだよ⁉ わー! すっげーものみた‼』

『魔王さま! 今の戦闘をSNSに投稿してもよろしいでしょうか⁉⁉⁉』


 …………。

 言いたい……。

 めっちゃ『ボク、なにかやっちゃいました?』とドヤ顔で言いたい!!!!


 だが今のボクは最強の魔王さま。

 動じずに応じなければいけないのだ。


「ふん……好きにするがよいわ」

『ありがとうございます! 魔王さま!』


 気持ちいいなあああああっ、これっ!

 魔王承認欲求がガンガンに満たされていく!

 どーしよっかなー、もっと派手に活躍しちゃおっかなあ!

 よーし、とっておきの技を見せてやろー!


 上機嫌うなぎのぼりなボクに、アルマがしずしずと声をかけてくる。


「さすがでございます、魔王さま。この調子で次元点ダンジョンコアを破壊しましょう」

「ふっ、すでに破壊したわ」

「え?」


 野原の向こうで、暗黒の炎がゴオオオオと立ちのぼった。

 スキル【影の鼠】で索敵鼠を差し向けて、ダンジョン全体図を把握。

 そしてダンジョンコアを超遠隔の闇魔術で破壊してやったのだ。


 どーよどーよ、どーなのよ⁉

 ボクは威厳を保った表情でチャットを見つめた。


『すっげえええええええええええええええええええええ!』

『なに今の技⁉ 見たことないんだけど!!!!!!!!』

『魔王さまマジ魔王さまだああ!』


 ふふふふふ……まあ、ボク魔王さまだかんなー!


『誰もがやらないことをやってのける! さすがアルマさまの主さま!』


 ん?

 誰もがやらないこと?


!』

『戦争がはじまるぞおおおおおおお!』

『魔王さまVS聖ヴァレンシア学園のはじまりだああああ!』

『ひゃっはあああああああああああ!』


 ??????

 え???????

 なに?????????

 聖ヴァレンシア学園と戦争????


「さすがです、魔王さま」


 アルマはほくほく笑顔でボクに寄り添ってくる。


 ………………ボク、なにかやっちゃいました?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る