詠み人知らずの惑星

蝶番祭(てふつがひ・まつり)

第一首『あゝ、青春の叙情歌集』

【公式番組紹介欄より】


 当公共放送局の短波ラヂオ放送は、昭和十年に始まり、八十余年に渡って公正と信義に信頼する世界諸国民に愛されて参りました。本邦に於ける国際放送の嚆矢であり、唯一無二の伝統と歴史を誇ります。


 茨城・八俣送信所より、この惑星の全ての国家国民に向けて送られるプログラムは、ニュース・天気予報に留まらず、バラエティに富み、いわゆる長寿番組も存在します。その中でも、多くの聴衆者から好評を頂いている名物情報番組が『ニッポンの朝ぼらけ』です。


…十秒前 五、四…<ジングル>


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 世界各地にお住まいの日本の皆さん、また、日本語を学ばれている皆さん。お早うございます。そちらが夜でも、夕方のリピート放送でも、お早うございます。


 「ニッポンの朝ぼらけ」総合司会を務めております、メーンキャスターの猫田ねこたです。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。


 私は昨晩、面倒に巻き込まれてしまいました。青山通りで駐禁を取られちゃったんですよ。でも減点はありません。ペナルティなしで、無罪放免。いや、犯罪でも何でもなく、車を停めただけなんですけどね。


 私どもはあっち方面にも通じてますので、こういう時は、警視庁記者クラブに一本電話を入れます。裏から手を回してなかったことにするんです。昨夜は、社会の仕組みに疎い若い警察官だったので、少々、面倒になったんです。困ったものです。何だか私が新人警察官の教官になった気分です。


 大丈夫かって? 概ね大丈夫です。記者クラブは泊まりもいるので、直ぐに話が通ります。切符を切る警察官も通常はだいたい知っていまして、名刺を突きつけて、警視庁クラブに電話した時点で、諦め顔です。


 泊まりの記者がいなくても何とかなります。これでも私、社会部の元キャップですから、コネクションは盤石です。今年は早くも四回駐禁で難癖付けられましたが、無傷です。ゴールド免許が燦然と輝いています。


 そんなこと自慢して大丈夫かって? 大丈夫です。これ、我が公共放送だけではなく、民放さんも一緒。始めたのは大手新聞社ですし、まあ、みんなグルみたいなもんです。社会の木鐸です。偉いんです。


 そんな枕話もそこそこに、早速、景気付けに「けふの短歌」のコーナーに参りましょう。じゃあ、一首目、どれだっけかな、あった。



「指詰めて 体重計に 乗る夕べ 

   たかが小指と 針指し示す」



 電車で席を詰めるのとは違うのかな。事故に遭われたんでしょうか。仕事関連でしたら、労災を申請したほうが良いですね。ええと、詠んで下さった方は…ご自身の生活にも触れられてますね。


 なんと別荘で暮らされているようです。軽井沢か、清里かって、私も古い人間ですね。差し出しの消印は、府中。都下の府中です。そんなところに別荘があるんですね。知りませんでした。意外です。優雅な暮らしぶりが偲ばれます。次、行きましょう。



「噴く血潮 恨みつらみは らねども 

   鉄砲玉は 返り見せはじ」



 良いですね。決して振り返りはしない。後悔などしないといった侠気が匂い立ちます。あれ、この詠み人も、別荘にお住まいのようです。小菅です。葛飾区の小菅。下町ですよね、人口密集地。


 そんなところにも別荘があったんですか。意外と気付かないものです。しかも別荘から荒川が展望できるとか。どこら辺なんでしょうか。風流です。江戸情緒も満点な粋な別荘暮らし。羨ましいです。


 でも、鉄砲玉って何なのでしょうか。あれかな、サバゲーでしょうか。BB弾を甘くみてはいけません。至近距離で当たると相当に痛いです。猫ちゃんを狙ったりする悪い奴もいます。まあ、歌を送ってくれた方は、そんな危ない輩ではなさそうで、ひと安心です。じゃ、次。



「反社だと 言われてめる 反射的

   戯言たわごとなれど 世は世知辛せちがらく」



 反社って何でしたっけ。どこかで聞いたことがあるような、ないような。

生きにくい世の中だと、お嘆きのようです。世相を風刺しているのでしょうか。でも、親父ギャグっぽのいは、どうでしょうか。


 なんて、私が小言を言ったら、それこそ世知辛いですね。反省して、取り消します。


 放送局の特権です。取り敢えず、ひと言謝罪です。本人も関係者も全く反省してなくて、裏で舌を出していても、放送で「反省」とか「今後、真摯に取り組む」とか定型句を言っておけば、どんな大問題でも致命的な放送事故でも何とかなります。では、最後の一首。



「娑婆の風 シャバダバシャバダバ 娑婆の風

   東風吹こちふく朝の 冷たきを知る」



 情景が目に浮かぶようです。しかも娑婆なんて言葉を良く知っていらしゃる。仏教用語の中でも難しいものです。苦しみに満ちた煩悩まみれの社会といった意味だったかな。詠み人は仏門の方なんでしょうか。


 あれ、この方は最近、別荘を離れて暮らすようになったばかりだとか。優雅な別荘の生活を思い起こして歌を読まれたんでしょうか。それは辛い思いもするかと。心中、察します。途中は意味不明で、呪文かなとも思いますが、ノリがロックっぽくて悪くありません。ソウルフルです。


 では、この辺で一曲、行きましょう。神聖かまってちゃんで『ロックンロールは鳴り止まないっ』。あ、ちょっとムーディなほうが良いかな。歌詞的にロマンティックなもの。じゃ同じ、かまってちゃんで『夕方のピアノ』…聴いて下さい!

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