第33話「突発ヒーローバトル」
血の匂いと戦いの気配を感じ取り、ビルの腹を貫いて直進したシエラは唐突に立ち止まる。足を真っ直ぐに突っ張って、地面を抉りながら衝撃を殺す。彼女が視線を空に向けると、そこには大量のドローンが飛び回っていた。
巨大なカメラを抱えた無人航空機たちは蚊柱のように集まり、一点を注視している。その先にあるのはトウミメディカルの社屋である。
『シエラ、止まれ!』
「K、何か変だぞ」
シエラの首に嵌められた鉄枷からKの声がする。緊急用の連絡装置も兼ねる首輪から放たれるのは、S.T.A.G.Eの重鎮の焦燥した声だった。
『興業利益独占防止条約が発動した。当該地域内での能力行使は一切許可されない』
Kの続けた言葉はシエラを激昂させるに足るものだった。姿は見えずとも彼女の怒りを感じ取ったKは間髪入れずに詳しい説明を追補する。
『トウミメディカル社屋とその周辺地域が、既に戦闘区域に設定されてる。避難勧告も通達済み、一般人は全員退避完了との報告があった』
「どういうことだ!」
『そこで突発的なヒーローバトルが始まってるんだよ。戦ってるのは極光戦隊セブンレインボーズと――悪の秘密結社∀NEだ!』
その言葉にシエラは愕然とする。
あまりにも強すぎる超能力を保有する彼女は、興業利益独占防止条約をS.T.A.G.Eと締結している。これにより多額の金が動くヒーローバトルにシエラは参戦することができない。特に、彼女が首領を務める∀NEの関わるヒーローバトルにおいて条約に違反したと見做されれば、重いペナルティが課せられる。
「っ!」
シエラは地面を蹴って直上に跳躍する。ビルの窓に手足を突き立て、一息に屋上まで登り詰める。他の遮るもののない高所からなら、勃発したヒーローバトルの様子も窺えるはずだ。
彼女は耳障りなドローンの羽音に苛立ちを募らせながら、過激な戦闘の音を響かせている方角へ目を向ける。
「はっはっはっ! ここで会ったが百年目、銀河の果てから百万光年! 観念しろ、鉄血将軍オルディーネ!」
「全く揃いも揃って懲りない奴らねぇ。大人しく降参すればいいことを」
一般人が退避した殺風景な大通りで対峙しているのは、一人の女と七人の男女。黒いラバースーツに身を包み、赤い大盾を周囲に侍らせたオルディーネと、カラフルな衣装に身を包んだセブンレインボーズの面々だった。
「オルディーネ!」
目が覚めたのか、とシエラは目を見開く。ついさっきまでメディカルポッドで眠っていたオルディーネが艶然として立っている。体に不調を来している様子はなく、むしろ全身に力が漲っているようだった。
オルディーネは仮面の下に鋭い眼光を覗かせて、気高にセブンレインボーズを見下ろしている。
「あいつ、一人で何をやってんだ」
オルディーネはひとり。周囲には他の戦闘部員はおろか、怪人の一体すらいない。一対七という圧倒的な劣勢は、誰の目にも明らかだった。シエラは思わず飛び出しそうになって、屋上の柵を握る。彼女の首輪は赤い点滅に戻っている。今ここで乱入することはできない。
悔しさに唇を噛み締めながら周囲を見渡したシエラは、あることに気がつく。
「恭太郎はどこだ?」
匂いを辿ってやって来たはずなのに、恭太郎の姿がどこにもない。避難が完了した戦闘区域は見晴らしがよく、シエラの鋭敏な感覚ならばすぐに彼の所在を捕捉できるはずだ。しかし、恭太郎がどこにも見当たらない。
「K、恭太郎が見つからない。何かがおかしいぞ、このバトル!」
『こっちも上に掛け合ってるが反応が妙だ。どうにも産業管理委員会が情報を止めてる気配がする』
産業管理委員会。S.T.A.G.Eの一部門であり、Kがトップを務める治安維持委員会と双璧をなす強権を保有する部署である。その名称に関するとおり、特区内で行われる産業の全てを一元的に支配している。ヒーローバトルもまた、産業管理委員会に様々な申請を行い、認可の上で行われるものだ。
産業管理委員会が正式にこの∀NE対セブンレインボーズのバトルを許可している。であるならば、Kもそう簡単には手出しできない。
『ここは静観するしかねぇな。堪えろよ』
「――ッ!」
歯痒い思いを胸に渦巻かせ、シエラは手すりを握り潰す。彼女の眼前で、バトルが始まろうとしていた。
「観念しろ、オルディーネ!」
動き出したのは、ブレイズレッド。長身でありながら横幅も厚みもある巌のような大男。彼が両腕をクロスさせると、紅蓮の光線が放たれた。
「馬鹿の一つ覚えみたいに。それが効かないことくらい分かるでしょう」
ブレイズレッドの得意技、ブレイズビームが迫ってもオルディーネは落ち着いている。彼女が腕を振ると赤い大盾が前方に滑り込むように移動し、極太の赤い光線を軽く阻んだ。
ビームが放たれ、それを盾が退ける。長年敵対関係にありお互いをライバルと認めるほど戦いを繰り広げてきた両者の、もはや挨拶と言っていいほどの切り出し方だった。
「イエローフラッシュ!」
だが、セブンレインボーズの真骨頂はここからだった。オルディーネがブレイズレッドの攻撃に対応している隙に、ビームイエローが動き出す。彼女が額に手を掲げると、眩い閃光が周囲を焼いた。
「ハイパーマイクロウェーブ!」
ウェーブブルーの熱波攻撃。盾では防ぐことのできない波がオルディーネを襲う。
個々が高い実力と超能力を持つセブンレインボーズだが、彼らの最大の武器はお互いを熟知した高度なチームワークにある。イエローフラッシュが視界を奪い、ハイパーマイクロウェーブが防御不能の加熱攻撃を与える。さらにシャイングリーンが、グロウパープルが、エクリプスバイオレットが一気に距離を詰める。
怪人すら伴っていないオルディーネなど、彼ら七人の卓越した連携の前では無力である。
「死ね! バーニッシュフレア!」
七枚の盾を周囲で回転させ、敵の接近を退けるオルディーネ。しかしそこに明確な隙が生まれる。誘い込まれた彼女に向かって放たれたのは、赤熱の火球。フレアオレンジによる完全滅却の炎であった。
だが――。
「甘いわね、七光り!」
立ち上がる火焔の中から、シールドに乗ったオルディーネが飛び出す。彼女が全くの無傷であるのを認めて、ブレイズレッドたちも驚きを隠せない。思わず硬直する彼らに、オルディーネが反転攻勢を仕掛ける。
「潰れなさい!」
オルディーネが手のひらを押し付けるように動かす。
「ぐぁあっ!」
「きゃああっ!?」
舗装し直されたばかりのアスファルトが人の手の形そのままに陥没する。中指の先端から手首まで5メートルほどの範囲が、一気に圧縮された。その中心に立っていたブレイズレッドとフレアオレンジが悲鳴を上げて膝を折る。
バーニッシュフレアの火焔が消えたのを見て、オルディーネはさらに腕を振る。
「そこ、危ないわよ」
艶やかな紅が曲がる。
彼女の見下ろす先に立っていたビームイエローははっとするが、遅い。彼女に向かって、巨大なビルが崩れ落ちてくる。轟音と共に瓦礫が雪崩れ落ち、粉塵がもうもうと舞い上がる。
「イエロー!」
ウェーブブルーが叫ぶ。彼はオルディーネを睨み、熱波を放つ手のひらを突きつける。
「怒りは動きを単調にさせるわよ」
「がっはっ!?」
だが、彼の死角から猛然と飛来した赤い大盾が脇腹へと突き刺さる。体をくの字に曲げて吹き飛んだウェーブブルーは止めとばかりに瓦礫に埋められ、沈黙した。
「な、なんて強さだ……」
グロウパープルが愕然とする。彼らは自分たちが、敵の力量を見誤っていたことをまざまざと見せつけられていた。
「オルディーネ。怪人がいない方が強いじゃないか」
∀NEの得意とする戦法は無数の怪人を投入した質量作戦。圧倒的な数によって相手の攻撃能力を飽和させ、力づくで圧倒する。そんな暴力的で慈悲のかけらもないものだったはずだ。
しかし、どうだ。オルディーネはただの一体も怪人を繰り出していない。たった一人で、七人の強力な超能力者と対等に戦っている。
「うおおおおおおおっ!」
エクリプスバイオレットが光剣を握り、飛びかかる。それをオルディーネは敢えて盾ではなく自身で受け止める。屈強な男の躊躇ない剣撃をさらりと交わし、その伸び切った腕を弾く。大きく開いた脇腹を膝で蹴り、向こうのビルまで吹き飛ばす。
「ぐああっ!?」
大きく陥没したビルの側面にエクリプスバイオレットが埋まる。
近接格闘戦ですら圧倒的な力を発揮する悪の女幹部に、彼らは冷や汗を流す。
「ふふふっ。全く弱すぎるわね。私がいない間に随分腑抜けちゃったみたいだわ」
セブンレインボーズの面々を睥睨し、オルディーネが目を細める。
そんなことはない、と反論することすらできなかった。
「ま、待て、オルディーネ――」
「私はね、かなり怒ってるの」
ブレイズレッドが口を開き、何か言いかける。オルディーネはそれを遮り、ふっと表情を消して彼らを見る。
「ヒーローが聞いて呆れるわね。一般人を人質に取るなんて」
「っ!」
中継用ドローンが捉えきれないほどの囁くような声。だが、戦いの趨勢を見ていたシエラの耳は正確に捉える。彼女が衝撃と怒りに肩を震わせた、その時。
セブンレインボーズの七人は示し合わせたように頷き、全速力で動き出す。完全に逃げに徹した彼らの足はオルディーネさえ追いつけない。それ以上に、ヒーローが敵前逃亡するという前代未聞の展開に現場が騒然とする。
「ま、待ちなさい!」
虚を突かれたオルディーネも動き出す。だが、彼女よりも速く七人のヒーローはビルの中へと逃げ込んだ。
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