第28話「研究発表」
大学院では遺伝によって親から子へ受け継がれる疾患に関する研究をしていた。せっかくだからその知識を活かそうと考えた僕は、現在行われている怪人開発の現場について調査した。
その結果判明したのは、怪人というのはクローン――つまり遺伝子的に全く同一な存在の培養品であるということ。正直、調べる前から分かっていたといえば分かっていたことだ。
クローンというものは全く同じ遺伝子を有しているだけに、全体が同じ性質を示す。工業製品としては当たり前のこと。常に一定の安定した能力を持つ兵士を生産できるのは非常に協力だ。けれど、そこにはどうしても避けられない問題もある。
全く同じ形質を持つが故に、怪人は全てが全く同じ脆弱性を持つということだ。
しかも、現在の怪人は二百七十四世代目。菌類などと比べれば少ないが、それでもかなり近親交配の進んだ状況と言える。遺伝子的なことを言えば、潜性の形質もかなり受け継がれているはずだ。
「和毛君の指摘は事実だ。怪人たちは自己培養と交配によって生まれている。ゲノム編集によって不利な形質は切り取ってこそいるが、それも完璧というわけではない」
∀NE秘密基地最下層の会議室で、レザリアさんが何度か頷く。
何故か、この最重要区画とされているような場所で、僕の資料がプロジェクターで大々的に公開されていた。
「とはいえ、その点を我々が認識していないはずもない。怪人に脆弱性があり、それを完全に取り除くことは不可能と判断している。だから、他の能力を向上させることで脆弱性を隠し、そこに対する攻撃を防御できるように育ててきたわけだが」
怪人に遺伝子的同一性とそれによる共通の弱点が存在することは、少し考えればすぐに分かる。優秀な第一研究室が把握していないはずもない。
レザリアさんたちは怪人の弱点を容認した上で、それをカバーするという方向で対策を図った。例えば、怪人は赤系統の色を判別できない一型二色覚と呼ばれるような特性を持っている。だが、レザリアさんたちは視覚以外の感覚器官の精度を高めることで、視覚情報だけに依存しないように促し、その問題を乗り越えた。
言ってしまえば、多少の弱点が存在してもそれを上回る武器を持っていれば問題はないという考え方だ。
「今回の件では、そうやって隠してきた脆弱性が見事に突かれた。具体的にどれが、というわけではない。一言で言えば、わたしたちは同じものを使いすぎた。怪人を当たり前のように投入し、使い捨てることで、敵はそれを解析できた。それだけの話だ」
∀NEが怪人の研究を熱心に行なっているのと同じように、ヒーロー陣営もその解析をしている。敵の武器を鹵獲し、その性能を検証することは基本的な調査のひとつと言うわけだ。
けれど、∀NEは怪人を使い続けた。一回のヒーローバトルでも、数十から数百体が投入され、その少なくない数が消耗する。機能停止に陥ったバイオロイドは自己分解機能が発動し、生分解性ナノマシンによって土へと変わる。けれど、ヒーローはそうなる前に適切な保管処置を施せば持ち帰ることができることに気付いたのだ。
∀NEが景気良く怪人を使い捨ている裏で、ヒーローはそれを拾い集め、研究室に送っていた。∀NEはそれに気付かない。わざわざ怪人が何体消えたかなど数えないから。少し攻撃するだけで、大量の検体が手に入るのだ。研究は進む。
「十分に予習する機会を与えたら、そりゃあ対策される。ましてや、練習でも本番でも同じ問題を使うようなテストがあったら、誰だっていつかは百点が取れるというわけだ」
レザリアさんは肩をすくめる。
自分の見込みが甘かったとしみじみ語る。
会議室は重たい空気だ。戦闘部の部長代理なども悲痛な顔をしている。そんななかで、スクリーンに映し出された僕の資料が切り替わる。
「では、和毛君はどのようなアプローチでその脆弱性を克服しようとしたのか」
顔から火が出るような気持ちだ。何がどうなって、僕はこのお歴々の面前に自分の資料を公開しているのか。真剣に検証しながら作ったとはいえ、ここにあるのはただの理論。いや、机上の空論だ。新見さんはすでに真剣な顔でタブレットにペンを走らせている。本職から見れば、いくらでも問題は見つけられるのだ。
それでも、レザリアさんは僕に目を向ける。さあ話せとバトンを渡される。僕は腹を括り、意を決して口を開いた。
「生物には群体と呼ばれる構造を取るものがあります。藻類やサンゴなんかがその好例ですが、無数の個体が集まり巨大な個の様相を取るものです」
僕は怪人が一つのモデルを採用する以上、共有の脆弱性を抱えるという問題は避けられないと考えた。だから、個としての能力を高めるのではなく、複数の個体が集まることで、巨大な個体として力を高めるという方向性を見出した。
炭素分子がその構造によって大きく性質を変えるように、そして規則的に並べることで強靭な繊維を構築できるように。怪人もまた個々は全く同じ性質でも、大量に集まることで高度な能力を発揮できるのではないか。人間をはじめ、群れる生物というものは群れの最大規模が生物的な認知能力の限界によって制限されるが、怪人はその限界を突破することができるのではないか。
「怪人を一定数より集め、部隊単位で強固に結合したユニットとして運用する。それが僕の考案したアイディアです」
会議室は静まり返っている。みんな、そこに問題はあるのか検討している。そして、実際に問題は山積みだろう。怪人を群れとして見做した運用は、その統制にコストが掛かる。
従来の指揮官を頂点とした1対1の指揮系統を並列的に構築するのではなく、1対1対多という指揮官-群れのリーダー-群れの構成員の多層構造を構築するのだ。現在の利点である瞬間的な情報共有と迅速な行動というものは難しくなるはずだ。
「あ、あのっ」
静かな会議室で手が上がる。マイクを手に取ったのは、僕の上司でもある新見さん。彼女がこのアイディアを考えていないわけもなく、僕の発表を聞いて疑問を抱かないわけもない。
「ご、ごめんね。わ、私、このアプローチはそ、そんなに詳しくないんだけど……」
全く信用できない前置き。研究室での発表を思い出して胃がキリキリしてくる。なにせ、このアイディアの土台となる先行研究はほぼ全て新見さんが行なっているのだ。
覚悟を決めて頷いた。次の瞬間、マシンガンのように言葉の弾丸がばら撒かれた。
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