第17話「謎めいた一般超能力者」

 特区-001。日本に建造された、世界で初めての超能力者のための町。広大な敷地には日本国に所属する超能力者のおよそ六割が暮らし、彼らの協力を得て様々な分野での先進的な研究と技術開発、そして熾烈なバトルが繰り広げられている。

 超能力と一言で表しても、その内情は千差万別。指の先に蝋燭のような火を灯すことができる程度の者もいれば、単身で強国の一個師団を相手取ることができる猛者まで存在する。中には無能力者を下位存在とみなし、自身の能力を悪用する、不届き者も。

 そんな、一度扱いを間違えれば世界規模で混乱が巻き起こるような危険な存在を管理しているのが、S.T.A.G.Eと呼ばれる組織であった。


「∀NEの折手寧々よ。Kに呼ばれて来たんだけど」

「お待ちしておりました。第八応接室へどうぞ」


 特区の中央に聳える黒いビル。一切の継ぎ目も窓も、通気口すらもない巨大なモノリス。唯一内外を繋ぐ自動ドアをくぐった折手は、殺風景なエントランスに出迎えられた。受付のバイオロイドから案内を受けて向かった小部屋で待ち構えていたのは、黒いスーツを着込んだ少年――Kだった。


「よう、折手。ご足労頂いて申し訳ない」

「まったくよ。一週間もしないうちにまたランチを邪魔されるなんて」


 超能力者に対して圧倒的な権限を持つS.T.A.G.Eの職員に対しても、折手は不満を隠すことなく堂々と吐き出す。Kは薄い笑みと共に肩を竦め、革張りのソファに彼女を促した。


「それで? 私のランチを邪魔してまで伝えたいことがあるのよね」


 これで大した事ではないならぶっ飛ばすぞ、と寧々は怒気を孕ませる。能力が無意識に励起し、彼女の美しい銀髪がぶわりと膨らんだ。


「そりゃそうだ。わざわざ気が立ってる猫の尻尾の前でタップダンスを踊るほど、俺も暇じゃないんでね」


 慣れない者なら正面に立つだけで圧倒されそうな寧々の迫力もさらりと流し、Kは口に加えていた棒つきキャンディを歯の上でコロリと鳴らした。

 強権を誇るS.T.A.G.Eの中でも、彼が指揮するのは手荒い仕事を専門とする特殊な部隊だ。特区内の治安維持と超能力者の反抗を一手に引き受ける、その存在以外の全てが謎の戦闘集団。彼らは超能力者の特区外への脱走を阻み、認可されたヒーローバトル以外の私闘を禁ずる。故に、彼らは対超能力者用の絶大な戦闘能力を有している。

 そんなプロフェッショナルのトップが直々に、直通のコールで呼び出したのだ。寧々もすでに事の重大性には勘付いている。


「あのキャンプファイヤー野郎は、やっぱり∀NE襲撃を画策していた」


 居住まいを正す寧々を見て、Kは単刀直入に本題を切り出す。

 数日前、商店街の真ん中で白昼堂々と能力を行使し、町の一角を燃やし尽くしたパイロキネシスト。その後、オルディーネによって捕縛され、その身柄はS.T.A.G.Eへと移管された。そして、犯行の動機や背景についての尋問が行われていたのだ。


「情報がどこかからか流出してたってこと?」

「さてね」


 クリムゾンファイアは町を襲撃し、現れたオルディーネに驚きを見せなかった。まるで、そこで暴れることで∀NEの人間を誘き寄せたような反応だった。

 ∀NEの秘密基地について知っているのは、∀NE自身とS.T.A.G.Eだけだ。ヒーローの襲撃を防ぐため、厳しい情報統制が敷かれている。お互いに激しい諜報戦を繰り広げているヒーロー陣営の超能力者ならばともかく、ヒーローにもヴィランにも所属していない一般の超能力者がそのような動きをするのは不可解だ。


「本当に無所属なのよね?」

「そのはずだ。うちが調べた限りじゃあ、三歳の能力検査で超能力の所持が判明して以降、家族そろって特区002に引っ越して、そこで暮らしてた。先月になって001こっちに移って来たが、それでも普通に働いてたよ」


 ガリガリと飴を噛み砕きながら、Kはクリムゾンファイアこと山本ヒロシの来歴を簡単に説明する。

 超能力者だからといって、全てが∀NEのような組織で働いているわけではない。むしろ、ヒーロー陣営、ヴィラン陣営のどちらかに所属しているのはごく一握りで、大半は特区内の一般企業で普通の従業員として働いている。山本ヒロシもそんな一般的な超能力者の一人だった。


「それで、ここからが重要なんだが」


 Kが目線を隠す黒いサングラスをずらす。その下から現れたのは、不安になるほど引き込まれる、透き通った青い瞳だ。寧々は不快感を露わにして、彼から目を逸らす。


「山本ヒロシは、犯行前数日の記憶がない。ウチのサイコメトラーが脳の隅から隅まで指突っ込んで探ったが、どれもこれも子供が食い荒らしたケーキみたいにぐちゃぐちゃだった」

「……妙ねぇ。酒癖でも悪かった?」

「その程度なわけがあるかよ。――それに、これだけじゃない」


 寧々の冗談を鼻で笑い、Kは身を乗り出す。防諜処置は完璧な室内にも関わらず、彼は寧々に囁くように声を抑えて言った。


「あいつ、記憶が混ぜっ返される前後で能力が大幅に成長してやがる」

「なに?」


 Kの言葉に寧々は思わず耳を疑う。

 それは、彼女も引っかかっていたところだった。山口ヒロシ――クリムゾンファイアのパイロキネシスは中の上程度の実力で、怪人でも十分に対処可能なレベルだった。だが、それは平均的な超能力者よりも頭ひとつ程度は突出していることもまた事実だった。

 それほどの能力を持つ人物は、∀NEの情報部も常にマークしている。たとえそれがヒーロー陣営に所属していない一般人であっても同じだ。

 しかし、事件後に寧々が問い合わせたところ、情報部は山口ヒロシという超能力者を把握していなかった。情報部の怠慢かと判断していたが、どうやらそれは間違いだったようだ。


「そんなことってあるの? 30歳とか言ってたけど、まだ成長期の真っ最中とか」

「冗談はよせよ。超能力のレベルは思春期が終わると同時に頭打ちだ。くたびれたオッサンが一日で成長するなんざ、聞いたこともねぇ」


 超能力の成長は十代で完了する。それがS.T.A.G.Eをはじめ、超能力者たちの共有する常識だ。そもそも超能力の強さには個人の先天的な資質が大きな要因を占めており、発現した時点で将来的なレベルもだいたい確定するのだ。

 数日の間で突如爆発的に超能力の強さが向上するというケースは、S.T.A.G.Eさえ把握していない。


「山本ヒロシの交流関係を全部調査した方が良さそうね。仮に後天的に超能力を増幅させる手法が開発されてたとして、それがS.T.A.G.Eに報告されてないとなると、かなりの問題じゃない?」

「言われなくてもやってるさ。しかし、山本ヒロシのスポンサーらしい奴は今んところ見当たらねぇ。となると多分……」

「記憶が破壊されてるってことか」


 Kが頷く。

 二人が共有したシナリオは単純明快なものだった。

 超能力を発現したものの、平均的なレベルにすら至れず、特区内で鬱々とした日々を送っていた山本ヒロシ。だが、ある日、彼に接触した人物もしくは組織があった。それは何らかの方法で山本ヒロシのパイロキネシスを強化し、同時に自分たちの痕跡を消すために記憶を消去した。

 S.T.A.G.Eの把握していない能力増強法が開発されたとなると、事態は重大だ。これまでは危険性も低いと見做されて監視の目を逃れてきた超能力者たちが、一斉に蜂起する可能性すら考えなければならない。


「∀NEの生体科学技術は一級品だ。記憶復元薬や補強薬もいいのが揃ってるだろ。そいつでなんとか山本ヒロシの頭ん中を覗けないか?」

「本人が廃人になる可能性があるわよ」

「構わん」


 寧々の忠告にKは一切の逡巡なく即答する。彼の中では、すでに迷う理由がなかった。

 S.T.A.G.Eは一人の味方ではなく、超能力者全ての味方なのである。全を守るためならば、個を切り捨てることを厭わない。超能力者を守るためなら、超能力者に対して迷わず引き金を引く。それがS.T.A.G.Eであり、Kであった。


「レザリアに連絡するわ。人員をこっちに寄越せばいいのよね?」

「そうしてくれると助かるな」

「それと、巻き込まれるなら相応の代金は貰うわよ」

「できる範囲で言ってくれ」

「とりあえず、情報を。山本ヒロシの直近の行動を全部」

「それならもう用意してある」


 Kがスーツの内ポケットから書類を取り出し、テーブルに投げる。寧々が手に取り紙面に目を落とすと、そこには山本ヒロシの行動が事細かに記されていた。流石は特区の全てを掌握するS.T.A.G.Eだと、彼女は内心で舌を巻く。特区内で暮らしている限り、彼らの目から逃れることはできない。


「空白の期間も、ある程度は捕捉できてるじゃない」

「金の動きやら監視記録やらからな。まあ、目立ったことは特になにもしてないが」


 ページを捲りながら、寧々は山本ヒロシの足跡を辿る。そして、あることに気がついた。


「職安?」

「今の仕事に不満があったらしい。会社に隠れて、転職の準備をしてたようだ」


 山本ヒロシは定期的に職業安定所へと通っていた。特筆すべき超能力を持たない超能力者の暮らしは、特区外の無能力者とそう変わらない。彼もまた、現状に不安と不満を抱く中年男性だったのだろう。


「お宅も優秀な職員抱えてるんだろ。ある日突然引き抜かれたりしないように用心しろよ」

「∀NEはそのへん厳しいわよ。言わなくても知ってるでしょうに」


 くつくつと笑う、中身はしっかり中年の男に辟易としながら、寧々はため息をつく。ふと、彼女の脳裏を過ったのは、まだ入社したてで苦労している様子の青年の顔だった。


――いや、彼はそんなことはしないだろう。忙しそうにしているけれど、でも充実していると今日も楽しげに笑っていた。


 そんなことを思いつつも、何故か寧々の胸の内にはかすかな不安が膨らんでいた。

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