第二話 本命?

 雷韋らい陸王りくおうの構えを見止めて、仕方なげに火影を召喚した。火影の刃はいつもよりやや短い。廊下の広さに合わせて刃の長さを調節したのだ。


 雷韋は腹を括って、


「陸王、行くぞ!」


 大声と共に走り出した。


 まずは真正面からかかっていく。そして陸王の手前で突然身を屈めて、下から突くと見せかけ、ふと刃を引くと跳び上がって頭上から打ち下ろした。


 その動きに合わせて陸王も刃を上げるが、刀を振るうより先に蹴りが飛んできた。


 刃が合わさると思った瞬間、どっと雷韋の胸に衝撃が走り、身体が思い切り吹っ飛ばされる。気が付いた時には、どたんと床に激突して身体が撥ねていた。


「馬鹿か。お前の太刀筋は見え見えだ。真っ直ぐすぎる。その上、仕掛けてきた時には胴体ががら空きだった」


 呆れた口調で陸王が言う。


「み……、見え見え?」


 雷韋が床に横たわって片肘で起き上がると、噎せて言い遣る。


「あんただって、俺の剣筋に反応したじゃんよ」

「阿呆か。ありゃ、見せかけだ。そうすりゃ、お前が隙を見せると思ってな」

「じゃあ、ようし……」


 よろりと立ち上がって火影を構えると、一直線に向かっていった。陸王が手にする刃に向かうように。そうして刃同士をぶつけ合わせ、吉宗の刃を薙ぎ払う。だが、薙ぎ払った火影の刃は振り抜かない。動きを途中で止めて、陸王の首根目掛けて刃を返した。


 しかし、それは簡単に弾き返されてしまった。


 薙ぎ払われたかと思った刀もまた、途中で刃を返していたのだ。そして首根目掛けて向かってくる火影の刃を、内側から軽く払ってしまう。


 途端、弾かれた勢いに任せて、火影の刃が壁に突き刺さった。


「あー! 刺さったー!」


 雷韋が悲鳴を上げる。


「こら、建物を傷付けるな」


 陸王が嘆息と共に言い遣った。まるで自分にはなんの責もないと言う風に。


 雷韋は慌てて火影を送還し、壁の傷を見る。そこには深々とした傷がついていたが、丁度、柱の部分だった為、建物自体にはそれほど被害を与えずにすんだようだった。


「何すんだよ、陸王! 柱に傷ついちまったじゃんか」

「そりゃ、得物を扱いきれなかったお前の責任だ」

「なんだよ、責任転嫁かよ!」

「事実を言ったまでだ」


 その言葉に、


「もうやんね。終わり、終わり」


 雷韋はふて腐れて、頭の後ろで手を組んで言い遣った。


 その雷韋の後ろから紫雲しうんが現れる。


 それを見て、不意に陸王の目が真剣味を帯びた。


「陸王さん、私と手合わせしましょう」


 言う紫雲の右腕には、既に鈎爪が填められていた。


 陸王はその様を見ても、構えをとらなかった。吉宗を握る右腕をだらりと下げたままだ。いや、もしかしたらそれが構えなのかも知れない。


 陸王の黒い瞳は真剣で、紫雲の暗褐色の瞳も真剣だった。


 対峙した二人の間に気迫が漲ってゆく。それに気圧されて、雷韋は後退あとじさった。


「ほ、本気で殺り合うなよ……」


 雷韋が後退りながら恐る恐る言うと、


「大丈夫ですよ。暇潰しです」


 紫雲が答え、陸王も応じる。


「そうだな。単なる暇潰しだ」


 そうして互いに一歩にじり寄った瞬間、そのまま踏み込んだ。


 一気に間合いを詰めた時、陸王は突きを放った。それも紫雲の心臓を狙って。


 それを紫雲は鈎爪で下から掬い上げるようにして、突きの軌道を変える。吉宗の刃は紫雲の左肩ぎりぎりのところを滑っていった。


 その軌道を陸王は再び変える。首根を狙って刃を返したのだ。肩口から首根はすぐそこだ。


 その動きは紫雲も読んでいたのだろう。そう来るのを狙って刃を跳ね上げ、素早く身体を沈めた。


 今度は足を狙ったのだ。


 鈎爪が陸王の腿を抉ろうとした時、突然現れた刀が防ぐ。


 そこに、紫雲は足払いを仕掛けた。


 陸王はそれを防ぐ事が出来ず、身体がぐらりと傾ぐ。だが、陸王は倒れる寸前で足を大きく開き、踏ん張って転倒をなんとか防いだ。それだけではない。足下に屈み込んだ紫雲に向けて、真上から刺突しとつしたのだ。


 それを紫雲は床を転がって避ける。しかし、廊下は狭い。すぐに壁に当たって動きが取れなくなってしまった。


 そこを狙って陸王は再び刺突した。


 けれど紫雲も壁際に追い詰められながらも動く。


 互いの動きが止まった時には、紫雲の左耳と長い髪が僅かに切れて、反面、陸王の喉笛に鈎爪の先がすんでで止まっていた。


 そして、不意に紫雲が口を開く。


「こんな狭い廊下では、刺突しかないと思っていました。上手く狙いが嵌まりましたね」


 それに対して陸王が舌打ちする。


「あと少しずれていりゃ、お前のその憎たらしい顔面を貫き通せたってのに」

「酷いですね。寸止めする気はなかったんですか?」


 鈎爪を引き、澄まし顔で立ち上がりながら言う。


「寸止めなんざあるわけねぇだろ」


 陸王も刀を鞘に収めながら平然と返した。


「本当に酷いですね。私を殺す気満々だったというわけですか」


 紫雲は鈎爪を外しながら苦笑する。


「殺す気、と言うより、お前にはその必要はねぇだろうと思った」


 その二人の遣り合いと会話を聞いて、それまで身動きも出来なかった雷韋が、突然動き出した。二人のもとに駆け寄り、


「な、何やってんだよ、馬鹿!」


 その様は完全に慌てふためいていた。


「暇潰しだって言ってたじゃんよ。なんで本気になってんのさ!」

「私は暇潰しのつもりでしたよ」


 そう言って、紫雲は雷韋の頭を撫でる。雷韋はそう言われても、不満顔だった。


「じゃあ、陸王はどうだったのさ。寸止めする気なかったって、さっき……」

「寸止めしなくても、こいつなら避けると思っただけだ。最後に躱されたのは癪だったがな」


 髪を掻き上げながら言う。


「それって、一歩間違ってたら紫雲が死んだって事じゃんか」

「さぁ、どうだろうかな」


 陸王は腰に戻した吉宗を僅かに持ち上げると言った。


「最後の一撃が外れたのは、吉宗こいつの神意かも知れん。紫雲は白虎だと言われている。吉宗はその白虎を殺すのを防いだのかも知れんだろう」


 吉宗は神剣だ。神意を持っている。陸王の言う通りなら、吉宗が白虎である紫雲を殺すのを厭うて、陸王の手元を狂わせたのかも知れないのはあり得る話だった。


 それでも今のは危ない手合わせだった事に変わりない。


「それでも……!」


 雷韋は言い継ごうとしたが、それは陸王の言葉によって遮られた。


「気疲れしたな。雷韋、風呂の用意を頼んでこい。紫雲、石鹸貸せ」


 一方的にそれだけを言うと、陸王は自分の部屋に戻って行ってしまった。


 その後ろ姿を見送って、雷韋は文句を口にする。


「なんだよなぁ、もう。勝手なんだからさ」


 腰に手を当てて言う雷韋に、紫雲は小さく笑って言った。


「頼まれた以上は仕方ありませんよ。雷韋君はお湯の用意をして貰ってきてください。私は石鹸と海綿を出しておきますから」

「うん」


 面白くなげに頷くと、雷韋はそのまま階下へ下りて行ってしまった。

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