7日目 月曜日
第34話 上田麻里の一週間
あきらめないことにした。
希望なんてものもあまりなく、敵はあまりにも強大だ。わたしなんかには到底太刀打ちできないような相手なのだとこの一週間で思い知らされもしたが、それでももう少しだけあがいてみようとは思う。
月曜日の朝。いつもよりも少し早くに目を覚まし、髪を黒く染めなおして、色付きのコンタクトレンズを入れる。黒いレースの眼帯はポケットに忍ばせる。流石にまだすべてをさらけ出すのには勇気が足りないけれど、そのうちいつかは……
鏡の中の自分を見つめながら、もしかすると、眼鏡をかけたほうがかわいいのかもしれないと考えたりもする。彼が文学的少女に属性を持っている可能性も十分にある。考えてみてもいいかもしれない。
鞄に自分で作ったお弁当を入れる。コンビニで買った総菜パンですますのはもうやめだ。きっと彼は料理上手な女の子のほうが好みだ。
玄関を開け、冷たい空気を胸いっぱいに詰め込み、ゆっくりと吐き出して深呼吸をする。
今日からが本当の戦いだ。
学校へと向かう金山の坂道を歩きながら、はるか前方に高野君の姿を見つけた。その隣には強力なライバルが寄り添う。歩む足を速め、少しでもはやく二人に追いつきたいと思いながら、この一週間を振り返る。
先週の火曜日、高野君が部室でホラー小説を読んでいるのを見かけた。少しうれしい気持ちと反面驚きもあった。高野君もオカルトとかに興味があるというのはチャンスかもしれない。
『学園七不思議を一緒に調べよう!』なんてイベントを思いついたのはその時だ。本当は七不思議なんてあるのかどうかも知らないのだけれど、要するに話をするきっかけがほしかっただけ。旧校舎の裏に稲荷の祠があってそこに油揚げをお供えすると願いが叶うという噂を耳にして、今日はそれを実行しようと油揚げを用意していたからちょうどいい。
少しだけれど、ふたりきりで話も出来たし、今日は自分をよく頑張ったとほめてあげたかった。
でも、ライバルはとても強い。
高野君と二人で39アイスを食べに行くのだと耳にした。わたしは負けじと39アイスに先回りした。甘いものは苦手だけれど、せっかくのスノーマンキャンペーンだからと、二段重ねを注文、しかしそれを食べ終わっても高野君はまだ来ない。食べ終わったのにずっとここにいるのは不自然かと思い、さらに追加で食べることにした。それから少ししてようやく高野君たちが到着。少し話はできたものの、ふたりの仲の睦まじさを見せつけられるだけの拷問だった。時折、窓の外に目をやると、軽音楽部の天野君がうろうろしているのがわかった。こちらから見られないように気を使ってはいるようだけど、わたしの目はごまかせない。
たぶん天野君も伏見さんが好きなのだろう。きっとわたしと同じで二人が39アイスを食べに行くと聞いて様子を見に来たのだ。
なんていじらしいのだろう。天野君が伏見さんと付き合うようなことになれば、わたしにとっては都合がいいのだけれど、やはりそう簡単にはいかないだろう。
1日目、敗北
水曜日、朝から少し体調が悪い。普段から苦い風の予防薬を飲み続けているのだからまさか風邪なんかではないと思うのだけど……。昨日あんなにアイスクリームを食べてしまったからだろうか? とはいえ、学校に行けないという程ではない、学校へ行き、放課後に旧校舎に行くと、油揚げはなくなっていた!
『高野君に振り向いてほしい』というわたしの願いはきっとかなうだろうと喜んだ。そして、旧校舎から裏山に続く道を見つけ、山の上に不思議な場所を見つけた。高野君はかつて金山の巫女のお堂のあった跡地ではないかと言っていた。確かにこの場所からなら街を一望できる。
かつて金山の巫女は、この場所から街を見ながら何を想っていたのか?
そんなことを考えていると急に胸が苦しくなり、意識がもうろうとした。わたしはその場に倒れこんだ。
次に目を覚ましたのは保健室のベッドの上だった。高野君が山の上からわたしのことをおぶって降りてくれたらしいが、まったく覚えていないというのは悔しいところだ。
だけど、気を失っている間、わたしは夢を見ていた。
あの場所で炎に包まれる木造のお堂。火をつけたのはわたし自身だ。取り返しのつかないことをしてしまったと嘆くわたしの手を高野君が握り、井戸のような場所を通り抜けて山を下りた。これでわたしたちは誰の目も気にすることなく愛し合うことができると高野君と抱きしめあう……ところで目が覚めた。目の前には高野君がいたが恥ずかしくて目を合わせられない。
そして高野君は家まで送って行ってくれると言ったのだ。
帰り道、少し甘えたことを言ってみると、渋々ながら高野君はそれに答えてくれた。
2日目……格好悪いところを見られてしまったもののなんだかんだで勝ち……と、思っていたのだが……
「だいじょぶよ。あとはアタシに任せて。もう、帰ってもいいよ」
わたしのことを心配してくれた伏見さんが、わざわざお見舞いに来てくれた。
高野君が帰った後、「わざとじゃ、ないわよね?」と伏見さんは言った。
その一言でわかる。伏見さんは、わたしが高野君に想いを寄せていることに気づいているようだ。別に隠しているというわけではないけれど、誰の目から見ても高野君と伏見さんは互いに想いを寄せあっている。だから、わたしのその想いは伏見さんに対して後ろめたさがある。
「わざとじゃないわ。風邪自体はたぶん大したことはない。だけど、山の上のお堂の跡地に行ったときに、なんだか不思議な気分の高まりがあって、それで、少しおかしくなっただけだから……」
「それならいいわ。だけど、あまり無理はしないでね。アタシも張り合いがないから」
それは、聞きようによっては宣戦布告にも聞こえる言葉。
二日目も、結局、伏見さんには完敗だ。
木曜日。まだあまり体調はすぐれない。だけど、無理をすれば学校に行けなくもないかもしれないと立ち上がったところで、玄関のチャイムが鳴る。伏見さんだ。
「まだ、少し熱があるみたいじゃない」
「うん、でも、たぶんだいじょうぶ」
「たぶんじゃダメでしょ? そういうときこそ、無理をしてはいけないのよ。今日は一日学校を休んだほうがいいわ。はい、これ」
伏見さんは鞄から包みを取り出してテーブルの上に置く。
「おべんとう、作っておいたから、今日のお昼はこれを食べなさい。安静にしておくのよ。麻里ちゃん、あなたきっと栄養が偏っていると思うわ。一人暮らしだと大変だと思うけれど、申し越し食事にも気を遣ったほうがいいわ」
「あ、ありがとうございます」
その優しさに、思わず涙がこぼれ出る。
「ちょっとお、大げさよ。夕方に晩御飯つくりに来るから、今日は安静にしておくのよ」
今日のところは伏見さんの厚意に甘え、ゆっくり休むことにした。
そして本当にその日の夕方、伏見さんは晩御飯を作りに来てくれた。
「体調を崩すのはきっと食生活のバランスが問題よ」彼女はわたしの部屋を一周眺め、「あなた、普段からコンビニのお惣菜なんかだけで過ごしているでしょ?」
「料理とか……苦手なので」
「ふう……いいわ。明日のところはアタシがお弁当を作ってきてあげる。でもね、あなたも料理くらい少しはできるようになりなさいよ。女が女らしく料理くらい、なんてくだらないことを言うつもりはないけれど、それでも男は料理の上手な女の子が好きなのよ。それは事実」
わたしは、こくりと頷く。
三日目。完敗だ。そもそも学校に行ってもいないし高野君に会ってもいない。
金曜日。
「どう? 体調は良くなった?」
朝から鳴り響くチャイムの音に玄関に出ると、伏見さんがいた。
「あの、ありがとうございます。もう、すっかり良くなりました。というか、風邪のほうは初めから大したことなかったんです。ただ、あの時はちょっと特別で……」
「なあに? もしかして金山の巫女の呪いだとか?」
「カナヤマノミコ? それってもしかして、学園七不思議の?」
「学園七不思議かどうかは知らないけれど、ずっと昔の本当の話らしいわ。禁断の恋で結ばれないふたりが心中したという話よ。呪いがあるから男女のペアで行く場所じゃないわね」
――その呪いというものがどういうものなのかはわからないけれど、先日すでに高野君と二人であの場所に行ってしまっている。
「まあ、そんなことよりも、はい」
伏見さんはペイズリー柄の巾着袋をわたしに預けた。
「お弁当よ。麻里ちゃんはさ、もっと食生活をちゃんとすれば風邪なんかも引かずに健康でいられたのよ。だから、今日はアタシがお弁当を作ってきてあげたから、昼休みはそれを食べてね!」
「あ、そんな……何から何までありがとうございます。で、でも……なんで二つ?」
「あ、ひとつはマコトの分よ。せっかくだからマコトにも食べてもらおうと思って……。
だからさ、今日の昼休みはちゃんとマコトを誘って一緒に食べるのよ。いいわね」
「あ、はい……でも……」
「アタシはちょっと、用事があるからさ」
「え、でも……」
「気にしない、気にしない。それじゃ、アタシ、先に学校行くね」
それだけ言い残し、伏見さんは立ち去った。
その時わたしは、伏見さんはわたしに高野君とお弁当を一緒に食べるように言ってきたということは、いわば敵に塩を送る様なものではないだろうか? だとすれば、もしかして伏見さんは、高野君のことが好きではないのではないだろうかなどと甘い期待を抱いてしまった。もしかして伏見さんは、実は天野君のことが好きなのではないのだろうかと考えたりもした。
高野君の話によると、その日伏見さんは学校を休んだそうだ。どうやらわたしに風邪をうつされてしまって昨日から体調がすぐれなかったというのだ。学校にもマスクをしてきたというが、わたしの家に来た時はマスをしている様子はなかった。わたしに嫌な思いをさせないように気を遣っていたのだろうか。
それなのにわたしのためにお弁当を作って持ってきて、そのあと家に帰ったのだろう。だとすれば伏見さんはあまりにもいい人すぎて、自分の邪悪さが嫌になる。
放課後になり、わたしは再びあの場所に行った。そこで、とんでもないものを見つけてしまったのだ。シュナウザーらしき野良犬が戯れるおもちゃ。
一見すると人間の頭蓋骨。だけど、それだけじゃない。後頭部に、もうひとつ顔があるのだ。
これはもしかして、うわさの特級呪物、リョウメンスクナではないだろうか。
旧校舎に降りると、何やら騒動になっている。犬の首なし死体? いったい何のことを言っているのだろうか?
わたしは一つの仮説を立ててみた。多分、一連の犯人は高野君だろうと思う。
学園七不思議なんて話をわたしが持ち出したことで、高野君はそれを利用して軽音楽部の部員に呪いの恐怖を与え、軽音楽部を追い出そうとしているのではないだろうか?
理由はおそらく、伏見ななせを独り占めするため。
だったら、わたしはどうふるまうべきだろうか?
二人の恋路を邪魔するために、高野君の計画を阻止するべき?
いや、たぶんそんなことは意味がない。
高野君は伏見さんのことが好きで、
伏見さんも高野君のことが好き。
たぶんこれは変えようのない事実であって、遅かれ早かれ二人は恋人同士になるのだろう。
もし、わたしにチャンスがあるとするならば……
二人が恋人同士になる前に、既成事実を作って囲い込んでしまうことぐらいだろう。
わたしはなんて卑怯な女なのだろう。
高野君を部屋に呼ぶ。
――なぜ? わたしの部屋の鍵を高野君が持っているの? いや、今はそれどころではない。
ここまできたのだから覚悟を決める。
――でも、ダメだった……
伏見さんからの電話に、楽しそうに答える高野君。
ねえ、わたしは今、あなたのすぐ後ろにいるんだよ。
お願い、わたしに振り向いて……
四日目も、完敗だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます