第32話 妖怪二枚舌は罪をかぶることにした


「なあ、天野。なんで僕がこんなことをしたのか、わかっているのか?」


「それは、ライバルを蹴落とすためだろう」


「ライバル……か」


「そうだ。高野が伏見のことを好きなことぐらいはわかっている。だけど、伏見は俺たちの軽音楽部に入部して、高野といる時間は少なくなった。伏見は誰の目から見ても美人で、軽音部の皆が彼女のことを好きになりかけているということも見れば誰にだってわかることだ。それが面白くない高野は、俺達軽音部をつぶそうと画策した。違うか? だけど、そんなことを心配する必要がどこにある。井上や河本が、いくら伏見のことを好きになったところで、お前相手に勝てるようには思えない。杞憂というものだ」


「いや、まあこんなことを僕が自分で言うのは鼻につく言い方かもしれないけれど、僕だって井上や河本になんて負けるなんて思ってなんかいないよ。天野、なんで自分だけをそこから除外したんだ? 悔しいけれど、ルックス的にも才能的に見ても、一番手ごわそうなライバルは天野なんじゃないのか?」


「俺のことは無視してかまわない。俺は伏見のようなしたたかすぎるオンナは苦手でな」


「おまえとは相いれないな。ななせは、したたかすぎるからこそ魅力的なんだ」


「だったらお前ら、早く付き合えよ。言わせてもらえば、俺としても高野が一番手ごわいライバルなんだよ」


 ――なるほど、そういうことだったのか。言ってしまえば天野も、自分が見たい世界を見ようとしていたにすぎないのだ。だけどそれとこれとは、根本的に話が違うのだ。


 天野は天野で自分の想いを伝えるために、昼休みや放課後に窓を開けてわざと大きな音であの歯の浮くようなバラードを上田に聞かせていたのだろう。しかしそれがかえって僕たちの気分を害してしまうきっかけとなった。


「なあ、天野。恥ずかしい告白をさせてからこんなことを言い出すのもアレなんだが、僕の目的は静かな放課後を取り戻したいだけだったんだよ」


「静かな放課後?」


「読書に快適な、静かな旧校舎でのひと時」


「……」


「軽音部が旧校舎にやってきて、初めのウチは演奏の音がそれほど気になってはいなかったんだけど、日に日に少し様子が変わってきた。アンプの音量はどんどん大きくなるし、窓を開けたりして、まるでわざと周りに音を聞かせているようにも感じた。

 僕としては、それが少々不愉快だったところもあるんだ」


「そう……だったのか、それは悪かったな。だが、それならそうと言ってくれれば、こちらでも対処のしようもあった。練習だけなら、何も毎回スピーカーにつながなくても練習くらいはできる」


「お互いにそのあたりの話し合いをせずに勝手に僕がこじらせてあんなことをしてしまったがすべて悪いんだ。許してくれというのも虫のいい話かもしれないけれど……」


「いや、わかってくれたのなら俺だってこれ以上とがめるようなことはしない。約束したとおりだ。これからは俺たちも気を遣うように心がける」



 ――これで、この事件の犯人は僕だったということで決着がつくのだろう。

 まあ、今後僕にペナルティがあるわけでもないと天野は言ってくれているわけだし、それで何ら問題はないはずだ。だが、その推理はあまりにもずさんすぎないだろうか。いろいろと説明できていないところが多すぎて、いちいち丁寧に訂正する気にもなれない。


 あの日、昼休みの時間に僕は上田に旧校舎に呼び出された。弁当を一緒に食べようという話だったが、あの時に上田は自分のアパートの鍵と僕の持っている時計塔の鍵をすり替えたのだろう。

放課後ほかの誰よりも先に旧校舎にやってきた上田は、僕からすりかえた鍵で時計塔に侵入。そこで犬の死体を用意して、鍵を開けたまま、時計塔の中に身を隠す。

皆がそろった頃を見計らい、わざと大きな音を立て、誰でもいいからおびき出す。その後上田はおそらくは二階の女子トイレにでも隠れていたのだろう。ななせが学校を休み、旧校舎の二階にある女子トイレはまず誰も近寄ることのない秘密の場所になる。誰かが時計塔に入るのを見計らい、外から鍵をかけてまた女子トイレに隠れておけば見つかることはないだろう。


しかし、そんなことをすれば普通、旧校舎の階段は歩くときに軋んで音が鳴ってしまうのだが、上田が歩くときには音がしないことを僕はちゃんと気づいている。

皆が旧校舎の裏手に行き犬の死体を埋葬している隙に一度旧校舎から抜け出し、その後何食わぬ顔で旧校舎の裏手に回り、埋めておいた犬の死体を掘り起こし、さも犬の死体が生き返って墓から抜け出したように演出し、ぬいぐるみの体は林の中に捨てたのだ。


上田にしても、天野達軽音部の練習の音に腹を立てていたようだし、それをどうにかしたいと思っていたのだろう。

そこでこの計画を企て、僕を学園七不思議に協力させるという名目で巻き込んだのだ。


そこに何となく気づき始めていた僕は、あの日に井上から茶色い毛並みの犬の写真を見せられた時に、山の上で見かけたシュナウザーとは全く別の犬であったにもかかわらず、同じ犬だと言ってみた。効果はてきめんで、井上は完全にビビってしまったようだ。


思えばあの時の僕の言葉こそがクリティカルで、やはり必要以上に井上が委縮してしまったのは僕のせいかもしれない。だから僕がこの責任を被るというのは決してアンフェアな考えではないと思う。


そして上田が最終的に、僕が犯人だと疑われるように仕組んだのかどうかまではわからない。


しかし、天野が上田に想いを寄せる感情が、一見聡明そうに見える彼の丸眼鏡をすっかり曇らせてしまい、上田が犯人である可能性を完全に排除してしまった。

それはそれでいい。僕にだってメリットはある。

天野に上田が真犯人であることを伝え、天野の恋する気持ちに影を差すようなことをする必要はないだろう。もし、天野と上田が付き合うようなことにでもなれば、僕としては厄介なライバルが一人減るわけだし……

軽音楽部が窓を全開にして、大音量であの甘ったるいバラードの演奏を誰かに向けて聞かせようとすることもないだろう。

あの曲の作詞作曲は、天野がしているそうだ。



 話し合いは終了し、事件は一件落着だ。きっと天野が井上にうまいことを言ってどうにか部の崩壊は免れるだろう。必要ならば僕の名前を使ってくれていいとは思う。


 このまま井上がノイローゼにでもなった暁には僕のほうも罪の意識にさいなまれてしまうだろう。


 心安らぐ気持ちでぬるくなったコーヒーに口をつける。どこからか心地のいいピアノ演奏の音が聞こえる。


「いいだろ。ここのテラス席」


 天野が得意そうな顔で言う。


「駅前のストリートピアノの演奏が風に乗って聞こえてくるんだ」


 僕は天野に教えてやることにした。


「このピアノの演奏、最近噂になっている人のやつだな」


「知ってるのか?」


「ああ、なかなかなじみのある演奏の仕方だ。今、美人ストリートピアニストとして

ちょっとした噂になっている」



 頭を悩ませていた問題の一つが解決し、気分は少しばかり楽になった。

 それでも明日からはまた一週間が始まり、僕たちにはまた新たなる局面が訪れるのだろう。


 それが良い方向へ行くのか、あるいは好まぬ方向へ進むのかはわからないが、それでも僕たちは悩みながら進んで行かなければならないだろう。

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