第26話 週末の作戦会議

 上田のアパートの部屋の前、上田はわざとらしく部屋の鍵を取り出し、指先でくるくると回転させた。いい加減茶番に付き合うのも飽きてきたころ合いなので、僕は鞄から鍵を取り出した。旧校舎三階機械室というタグのついたあの鍵だ。上田のアパートの部屋の扉にある鍵穴にそれを差し込み、サムターンを回す。ガタンという鈍い金属音が鳴り響く。


「ど、どうしてわたしの部屋の鍵を!」


「どうしてと言われてもな。いつでも夜這いを掛けられるようにこっそり作っておいたんだけど?」


「た、高野君。いくらなんでもそれはヤバいんじゃないですか?」


「そうだな。それじゃあこの鍵は返しておくから、その鍵と交換しようか?」


 ひとまず上田の部屋に入り、僕はキーホルダーから上田の部屋の鍵をはずし上田の持っている鍵と交換した。


「悪いが、僕にはすべてお見通しだぞ」


「うーん、そうなのですかあ。でも、このことは全部黙っていてくれるんですよね?」


「ああ、もちろんだ。僕には犯人を見つけ、皆に所の正体を暴くことに何のメリットもない。むしろ、この作戦が全部うまくいくほうが都合いいからね」


 上田から受け取った二つの鍵を並べると、どちらも同じメーカーの、古くてシンプルな鍵だ。しかし、その二つはやはり凹凸の違う別の鍵。


 以前上田が熱を出して家まで送ったときに、その部屋の鍵に妙な愛着がわいた。それは、古いシンプルな、よくあるメーカーの鍵で、僕が管理している時計塔の鍵と同じメーカーのものだった。


 はっきり言って鍵なんて、同じメーカーのものであれは一見違いなんて誰にも分らない。


もしそれが、すり替えられていたとしても僕は気づきもしないだろう。

おそらく今日の昼休み、上田に旧校舎に呼び出されたときに鍵をすり替えられてしまったのだろう。放課後に誰よりも早く旧校舎に向かい、僕の鍵で三階時計塔の機械室に入り込み、犬の首なし死体を置いた。


わざと大きな音を立て、誰かが様子を見に来るように仕掛けた彼女は、おそらく機械室のドアの裏にでも隠れていて、河本が入るのと入れ替わりに外に出て、持っていた鍵で外側から施錠した。河本は薄暗い機械室の電気をつけることであの犬の死体を発見して、叫び声をあげた。


皆が駆けつける。おそらくその間に上田は二階の女子トイレにでも隠れていたのだろう。あの場所にいたのは男子生徒ばかりで、たとえその可能性に誰かが気づいたところで、女子トイレの中まで探しに行くことはなかっただろう。

僕たちが犬の死体を埋めている間に上田は女子トイレから出て旧校舎の陰にでも潜み、様子を見計らってから裏山へと向かったのだろう。

上田から、電話がかかってきた時間を考えてもちょうどそのくらいだとつじつまが合う。


多分あのリョウメンスクナの頭蓋骨は、彼女が作った偽物だろう。スクナが実在した可能性に関してはシャム双生児である可能性が高いから、そこを完全否定するわけではないが、いくらなんでもそんな貴重なものが、あの出来すぎたタイミングで発見されるなんて、あまりにも都合が良すぎるのだ。


あれはあきらかに、上田が軽音楽部の皆を怖がらせようとでっち上げた仕掛けに違いない。


理由は、おそらく静かな放課後を取り戻すため。


その気持ちは、僕にも痛いほどによくわかる。


「さあ、それじゃあ明日の作戦会議を始めましょうか」


「その口ぶりじゃあ、まだ全部が終わったわけじゃあなさそうだな」


「もちろんですよ。だって学園七不思議は、まだもう二つ残っていますからねえ」


 ――学園七不思議。そういわれればそうだったと思いだす。


 そもそも僕は、その七不思議とやらの真相を突き止めるために上田に付き合っているのだったか? まあもっとも、七不思議とはいえ、まだ五つしかないわけだけど。


「あれ? 残り二つ?」


 旧校舎三階には幽霊がいる。

 人面犬が住んでいる。

 この二つに関しては、今日起きた捏造された出来事がそれにあたると考えてよいのだろうか?


 稲荷の祠に油揚げを供えると願いが叶う。これに関しては結局野良犬の仕業だ。


 この学園のあるカナヤマには、かつて巫女が住んでいた。


 おそらくななせの言っていた、恋を禁止された巫女が恋に落ち、火をつけて心中した話がそれだろう。おそらくあの、山にあった開けた場所こそがかつて巫女の住む社があった場所だろう。あそこにあった井戸が、かつて人が生活していたという動かぬ証拠だ。


 さて、では残っているのはあと一つ。


「神田池という池に、河童が住んでいたという伝説以外、何か残っていたかな?」


「実はもう一つ残っていたんですよ。どうやらあの学校ある金山は、昔から神隠しがあったという伝説があるのです」


「昔からって、それじゃあ学校七不思議とは関係ないんじゃないのか? たぶんそれがあったのはあの山にうちの学校ができる前の話で、それはもう学園七不思議とは言えないだろ。

 今でもうちの学校の生徒が時折神隠しに遭うっていうならば話は別だけど」


「ああ、それだと興奮しますねえ。起きないかな、神隠し!」


「縁起でもないこと言うなよ。流石にそれはシャレにならない。その当事者が、僕たちになるということだって考えられるんだぞ」


「うう、確かにそうですね。不謹慎すぎました」


「だから、あと一つだ。神田池の河童捜索。これが僕が上田を手伝う最後の仕事だ」


「最後……ですか」


「そういう約束だろ?」


「まあ、しょうがないですよね。とにかく、河童を探しに行きましょう」


「それで、何か手掛かりはあるのか?」


『はい、もちろんです。これ、見てもらっていいですか?」


 上田が差し出したのは自分のスマホ。画面には写真の航空図が映し出されている。多くが緑で覆われている。どうやらどこかの山のようだが、その山の中腹にいくつかのた建築物が並び、それなり広場が付随している。それが、自分たちの通う高校であることに気づくまでそう時間はかからない。


 真っ先に思い付いたのは、その旧校舎の場所から山奥へと向かった先を探してみた。


 あの、偶然見つけた山頂の開けた場所が、空から見るとどのように見えるのかが気になったのだ。


 しかし、スマホの画面を拡大してもその場所はどうしても見当たらない。その代わり、おそらく当該するであろう当たりの地形の写真がひどくぼやけているのだ。まるでその場所が、聖なる結界か何かで護られてでもいるかのように、写真にも写らない神聖な場所。


「これ、ちょっとヤバくないですか?」


 上田の言いたいことはわかる。僕だって確かにあの場所にたどり着いたときに、何か神聖な息吹のようなものを感じられずにはいられなかった。しかし、それはおそらく誰だってそういうものだろう。学校の裏山で、偶然見つけたその一部分だけが木々も生えずに開かれた場所となっているのだ。


 しかしそれはかつてその場所に実際人が住んでいたことがあり、しかもその場所が火事で焼け落ちたというのであれば建物に使われた防腐剤や燃えた柱の灰に砕けて土に埋まっているだろう屋根瓦の残骸のせいで、向こう百年あたり木々が生えてこないことなんて珍しくもなんともない。それにこの航空写真だってたまたま天気が曇っていたとかピントがブレてしまったというだけで、それほど珍しいことではない。


 しかし、彼女はそれらの偶然を寄せ集め、自分がそうであってほしいと思う世界に都合よく再構築しているだけだ。


 しかもどうやら、彼女にとって都合がよくなるように、思い通りにならないところを自分自身で補正しているのではないかという疑いもある。


 しかし、この河童の池でひとまず学園七不思議は最後なのだから、この週末くらいは付き合ってやろう。しかし……

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