第25話 スクナの頭蓋骨について

 僕たちは山を下り、旧校舎へと向かう。

 上田は嬉しそうに旧校舎の入り口前にある手洗い場に走り、水道の蛇口をひねってスクナの頭蓋骨をジャブジャブと水で洗う。


「上田さあ、祟りとか、呪いとか、そういうの怖くないの?」


「え、そりゃあ怖いですよ。なにせ特級呪物ですからね。でも、だからこそワクワクするんです。こんなもの普通出会えませんよ」


「そりゃ、普通はね」


「それにもし、呪いがあるにしてもですよ。道理としてきれいに洗ってあげているわたしを呪いにはかけないですよ。大災害があったとして、きっとわたしだけが助かりますよね」


「呪いに道理を求めるなよ」


「そういう高野君こそ、怖くないんですか? 呪い?」


「あいにく僕はそういうの信じてないんでね」


「信じるも何も、今こうして目の前にスクナの髑髏があるのが何よりの証拠じゃないですか!」



 ――本物なわけないだろう。


 そんな言葉を言いかけた時、「あ、おつかれさまー」という声が聞こえた。部活動を終えた軽音楽部の男子四人が旧校舎から出てきたのだ。


「あっ!」


 と言いながら、上田はまだ水に濡れたままのスクナの頭蓋骨を後ろ手に隠す。


「ん? 今何か隠した?」


「い、いいえ! な、なにもかくしてい、いませんよお!」


 天野の言葉に、上ずった声でごまかそうとする上田。


 まったく。見え透いた下手な演技だ。本当は皆に見せたくて仕方がないのだろうけれど、なまじ警察のことを持ち出したために堂々と見せることをためらったのだろう。僕からも、あまり人に見せてはいけないと言ったばかりだ。


「みんなには見せてもいいんじゃないのか? どうせ、いつまでも隠しているわけにもいかないだろう」


「な、なにがあるんです?」


「こ、これは……」


 上田が僕のほうを見る。僕は黙って頷いた。


「だ、誰にも言わないでくださいよ。とっても大事な秘密です」


 そう言って、スクナの骸骨を皆の前に差し出す。

 突然に目の前に差し出されたそれが、ただの人骨であっても十分に恐ろしく感じるだろう。それがまさか、一つの頭部に顔が二つ付いているリョウメンスクナの骸骨であるとわかったとき、その場にいた誰もが息を飲み込み、言葉を失った。


「い、犬が……持ってきたんです。まるで、わたしにプレゼントするみたいに……」


「犬、だって?」


「はい、足をひきずった子犬です」


 その言葉に、皆が反応した。無理もない。今の彼らにとって犬と言えば、ついさっき地面に埋めた首なし死体のことを思い浮かべるだろう。

 そこにいた誰ともなく黙って旧校舎の裏え向かって歩き、稲荷の祠の裏から林の中に入った。


 そして、誰もが息をのむ。


 頭蓋骨を持ってきたという子犬と、そこに埋められている犬の首なし死体とが、まったくの別物であるということを知っている僕でさえ、驚きを隠すことはできなかった。


 犬の首なし死体を埋めたはずの土が掘り返されている。


 その穴に、犬の首なし死体はない。


 井上が、ガクガクと震えながらその場にへたり込む。

 無理もない。彼にとって、スクナを拾ってきた犬も、この場所に埋められた死体も、かつて自分が拾い、そしてまた捨てて事故にあった子犬が、すべて同じだと思っているのだ。


 その犬が、特級呪物であるスクナの髑髏を持ってきた。

 井上にとって、それはその犬からの呪いのメッセージでしかありえない。


 軽音楽部のメンバーが帰宅した。

 僕も先に帰ってもよかったのだが、それではきっと困る事態もあるかと、しばらく文芸部の部室で待機をしていた。

 スクナの頭蓋骨を丁寧に洗い、オカルト研究部の部室に安置し終えた上田が電話をかけてきた。


『もしもし、わたし麻里です。今、オカルト研究部の部室にいるのですが……その……今からうちに来ませんか?』


 どう来るかと思えば、そう来たかという感想だ。

 行かない。という選択肢はやはりないのだろうけれど、ここは少し引っ張ってみることに。


「うん? なんで僕が上田の家に行かなきゃならないんだ? もう、熱もないみたいだし、送って行ってやる義理もないと思うんだが?」


『あははあ。まあ、そうかもですね……。でも、その、あの……明日から、学校も休みじゃないですか? ですので、その、七不思議をですね。手伝ってもらう約束でしたし……』


「まあ、確かにそんな約束もしていたけれど、それは、来週学校に来てから続き、じゃあダメなのか?」


『えっと、まあ、そうなんですけどね。ほら、来週になると伏見さんも元気になるでしょう? そうしたら、高野君はきっと伏見さんと、いろいろあるでしょうし……』


 ――いろいろある、か。

 

本当にいろいろあるならそれもいいのだけれど、実際にあるのはあちこち食べ歩きのお供をするだけだ。本当なら僕だってもっと、いろいろなことをしたいとは考えている。


でも、僕たちはあいにくそういう関係ではないし、それを他人からそう思われているだけだというならむしろ悲しいものもある。結局、僕に意気地がないことがいけないのだろうけれど。


「わかったよ。付き合うよ」


 そう言った直後、文芸部の部室の戸を開ける音と同時、


『ほんとですか!』


 と、喜び勇んで部室に入ってくる上田。


 まったく。上田はいつもそうだ。二階の部室にいたはずの上田はいったいいつの間に一階の文芸部の部室の前まで来ていたというのだろうか。ななせや軽音楽部の男子生徒が廊下や階段を歩くとギイギイと音が鳴るのに、上田の足音はいつだって無音なのだ。おそらく体重が軽いのだろう。上田は、基本華奢でやせ型だ。それなのに胸だけはしっかりあるという贅沢使用。


 上田の家まで歩きながら、今日あった時計塔機械室の密室の出来事を話した。

 上田が自分のいない間に何があったのか聞いてきたからだ。無理もない、その間の出来事が、彼女は気になっていたのだろう。

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