第24話 スクナのいた、山の上の空き地

 いずれにせよ、上田は僕の助けを求めているようだった。面倒くさいとは思いながらも、旧校舎の裏手に回り、稲荷の祠の裏から山奥へと入って行く。


 道は、以前通った時よりもだいぶ歩きやすくなっていた。一度目の登頂は木々が生い茂っていて大変だったが、それから上田を背負って降り、今日また上田が一人で登ったせいで脇の木々は少なくなり、地面もそれなりに踏みしめられて難なく道を上がることができた。


 こうしてみると、初めての時はそれなりに距離があると思っていた山道だったが、その距離は意外と短かった。


 山頂の開けたその場所にしゃがみ込んでいる上田。その手には土にまみれた頭蓋骨のようなものをいとおしそうに眺めている。


 僕の姿を見つけるなり立ち上がり、手に持った髑髏を突き出して小走りに駆け寄ってくる。


「これ! これです! すごくないですか!」


 すごいかどうかと言われれば確かにすごい。思わず目をそらしたくなる光景だ。にもかかわらず、それを嬉しそうに素手で抱えている女子校生という絵柄が一番すごいと思う。


「これ、見てください」


 差し出されたのはあきらかに人間の頭蓋骨。全体的に土にまみれており、眼窩には土がぎっしりと詰まっている。顎の部分はなく、頭骨だけだ。上田は僕から見やすいようにそれを180度回転させ、後頭部をこちらに向ける。抱える上田の手元から中にたまった土がぼろぼろと落ちてくる。


 そこには、正面に比べると少し小さめの二つの眼窩と、折れてしまってぽっかりと開いた鼻腔が存在する。つまり、一つの頭部に二つの顔があるということだ。


「これ、リョウメンスクナですよね!」


 うれしそうに笑う上田に、「そうだな」と僕はつぶやく。

 しかし、僕の正直な感想は、まさかそれが本物のはずがないだろうということだ。二日前にここに来た時にどこにもなかったそんな特級呪物が、何の予告もなく突然こんなところに現れるわけがないのだ。それにもし、そんなものを見つけて普通に喜んでいられるイカレた女子高生もまた、存在しないと考えている。


 たぶん、上田が自分で用意したレプリカだろう。


「どうしたんだ、それ?」


 僕のはなった言葉の意味は、『どうしてそんなものを用意したんだ?』だった。しかし彼女はあくまで知らんぷりを決め込み、


「あの子犬がですね、持ってきたんですよ!」と言った。


「子犬?」


「ほら、あの片脚をけがしていた子犬ですよ! やっぱりこの間からどうしてもこの場所が気になってしまって、それで今日も来てみたんですけど……そしたらあの時の子犬がですね、あっちの繁みのほうからこれをくわえてやってきたんです。わたしを見つけると、口にくわえたスクナをここにおいて、それでまた繁みのほうへ行っちゃったんです! これは、わたしへの貢ぎ物と考えていいのですよね!」


「さあ、それはどうだろうな。でも、どう見ても人骨だし、しかも特級呪物ともなれば、やはりここは警察を呼ぶべきだろうな」


「け、警察ですか!」


 上田はひるみ、手に持っていたスクナの髑髏を引いて大事そうに抱え込む。


「け、警察なんて呼んだら、これ、とられちゃうじゃないですか!」


「取られるどころか、警察はこの場所を立ち入り禁止にしてしまうだろう。僕たちも、いろいろと事情聴取を受けることになるだろうな。もしかしたら、逮捕されて刑務所に入れられてしまうかもしれない」


「な、なんでそんなことになるんですか! わ、わたし達、そんな悪いことなんて何もしていません」


「悪いかどうかを決めるのは僕たちじゃない、警察だ。警察の見立てではどうなるかはわからないだろうな」


「ねえ、高野君。このことは、警察には言わず、ふたりだけの秘密にしましょ?」


 ――無論僕だって、このことを警察に言うつもりなんてないし、僕らが逮捕される可能性なんて万にひとつもないと思っている。これは、ちょっと調子に乗りすぎてしまっている上田に対する牽制の意味だ。その点で言えば、上田は予想通りの満足のいく反応を見せてくれた。


 もしここで、上田が警察に連絡しようなんて言い出したら、それを必死で止めなくてはならないのは僕のほうだ。


「ああ、そうだな。僕だって平穏な日々が警察によって脅かされるのはごめんだ。このことはなるべく、無関係のひとには言わないほうがいいだろうな。噂がどこから漏れて、警察の耳に届くかわからない」


「そうですね……」


 上田は少し寂しそうだ。


「ところで、あの犬はどこへ行った?」


「あっちの繁みから出てきたんです。スクナを置いて、またあっちのほうへ走っていきました」


「そうか……」


 僕は上田の指さした繁みのほうへと向かう。子犬が一匹、出入りしていたであろう草を分けた筋を見つけて奥へ入ると、すぐのところに壊れかかった古井戸のようなものを発見した。


 明らかに人間の手によって積み上げられたであろう壊れた石の円柱は、かつて井戸だったと思われる。水どころか、ほとんどが土で埋まってしまっているが、元々は人が一人入ることも出来そうなくらいの井戸は、現状子犬一匹が通ることができるかどうかの隙間しかない。


 こんなこともあろうかと災害用の携帯LEDライトを持っているのが誇らしい。やはりスマホのライトでは少し心もとないのだ。


 隙間の奥のほうに光を当ててみる。なかなかに底は深いようだ。ライトで照らしてみても、それがどのくらいの深さなのかは判別できない。しかし、その隙間はやはり奥のほうまでもずっと狭いままの様子で、こんなところを野良犬が住処にしているとも考えづらく、また、ここにリョウメンスクナが埋められていたのを子犬が掘り返したのだとも考えにくい。いくら何でも穴が深すぎるし、子犬と言えど、あのスクナの頭蓋骨をくわえたままでここを通り抜けるのは少し狭いように感じる。


 僕は、隙間にライトを持った手を思い切って突っ込み、もっと奥のほうまで照らそうと試みる。


「何か、見えますか?」


 不意に上田さんに話しかけられ、振り返ったところで目の前のリョウメンスクナの髑髏と近くで向かい合ってしまう。


「ひっ!」


 と思わずのけぞり、次の瞬間。穴の中に突っ込んでいた手に握られていたライトを中に落としてしまったことに落胆する。


 穴を覗いてみると、随分と深いところでむなしく土中を照らし続ける光を確認した。まあ、仕方ない。たいして高価なものではなかったし、少なくともどのあたりまで穴が続いているのかだけはわかった。犬の姿は見当たらなかった。どうやら、この穴に住んでいるのではないかという見立てはやはり間違っているようだ。

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