第21話 死体を埋める

 旧校舎に戻った僕は借りてきた鍵を鍵穴に差し込み、半回転させる。


カチリ。という音と共に扉が開かれる。やはり職員室の鍵はずっと前から本物だったようだ。鍵を閉めた人間は、職員室の鍵を使ったわけではなく、機械室に閉じ込められている河本がもっている僕の鍵とはさらに別の鍵を使って鍵を閉めたことになる。しかし、僕は自分の管理しているこの鍵を、誰かに貸してスペアキーを作られたかもしれないというような記憶もない。と、なるとやはり考えられるのは……


中から憔悴しきってぐったりとした河本が出てくる。その手には、汗でべっとりとした機械室の鍵が握りしめられていた。


 旧校舎機械室の中を覗き込むと、部屋の中央には茶色い何かが転がっている。そして床一面には赤い何かが……


「おい、嘘だろ……」


 つぶやきながら僕はそれに近づく。

 毛足の短い、茶色い四足歩行の胴体。


 僕がそんな言葉を使ったのは、その胴体には頭部がついていないからだ。

 おそらく柴犬か何かの首なし死体。無残に切り取られた頭部があったであろう断面には凄惨な肉の断面と、赤黒い血が垂れ流され、小さな溜まりを形成している。


 そこにいる誰もが戦々恐々としているのだが、井上の表情が、その場の誰よりもこわばっているということは言うまでもない。血の気が引いて、いまにも倒れてしまいそうなほどだ。


 その胴体は、明らかに昨日井上が見せてくれた、事故にあって死んでしまったという犬の姿そっくりだ。


 本当は僕だって声を上げて逃げ出したい気分だ。だけどそこはあえて気をしっかりと持ち、冷静にあたりを見渡す。


周囲に血しぶきが飛び散っている様子はない。かといって、それなりに血の溜まりができているにもかかわらず、見渡す限りその場所以外に血の痕跡は見られないということは、おそらくここで生きた犬の首を切ったわけではないだろう。どこかで殺し、死体をここへ運んでから首を切り落としたのだ。そしてその切り落とされた首は見当たらず、首から滴り落ちるであろう血の跡もないことから、切り落とされた首をビニール袋か何かに入れられて持ち出されたのだろうと僕は推測する。


犬の死体を触ってみる。まだ、あたたかい。


おそらく、首を切られてまだそれほど時間は経っていないのだろう。


「どうしよう。警察か、保健所に連絡したほうがいいか?」


 長髪の丸眼鏡、ギターの天野が僕に訪ねる。


「いや、首輪もないし、おそらくこの辺りに住み着いていた野良犬だろう。警察を呼んで騒ぎを大きくするより、墓でも掘って埋めってやったほうがいいだろう」


「いや、でも……」


 軽音部の誰かがぽつりと言った。

 僕はそれに反論する。


「どうせ野良犬の死体じゃあ警察はまともに動いてはくれないだろうし、この手の話題で盛り上がるのは心のないSNSの中傷ぐらいだ。そんなことになれば僕らの名前や顔まで勝手に挙げられ、いわれのない誹謗を受ける羽目になるだろうし、落ちついて部活動なんてやってられなくなるだろう。

 それに、もしこれをやった犯人からしても、おそらくそうやって話題にされることを望んでいるのだろう。穴を掘って埋めてことなかれに終わらせれば犯人はつまらないと感じ、手を引くだろう。それに、この犬をちゃんと供養してやりたい」


「それはまあ、確かにそうかもしれないな」


「そうだね、俺達にとっても警察に通報することに特はない」


 天野と花村が賛同した。 


河本が園芸部にスコップを借りに行き、その間に僕らは機械室を掃除して、僕と天野とで犬の死体を旧校舎の裏に運んだ。

井上は始終震えていた。

機械室の掃除を終え、皆が出て行ったあとで職員室から借りてきた鍵を使って機械室を施錠する。


 犬の首なし死体は旧校舎の裏、稲荷の祠から少し繁みの中に入った人の来ないところに埋めることにした。確かキツネはイヌ科の生き物だし、きっとここなら安らかに眠れるだろうという僕の言葉は単なる気休めだ。


「こんなところに稲荷の祠があるなんて知らなかったな」


「だけど、ここに油揚げが供えてあるのはなんでだろう」


 天野と、花村の言葉に僕は答える。


「学校七不思議にあるらしい。なんでも、ここに油揚げをお供えして、それをキツネ様が持って行ったなら願いは叶うのだとか」


「ああ、そうか!」花村が思い立ったように手を打つ「そのキツネ様っていうのがこのワンちゃんじゃないのかな? だとしたら、この油揚げをお供えした人はもう叶えられないね。油揚げを持って行ってくれるキツネ様はもう……」


 花村の言葉に、その場の全員が脇に盛り上げられた土の山を見つめる。

 

 ――しかし、その首なし死体の犬と油揚げを食べている犬は別の犬だ。という事実は今更言えることではない。それに、おそらくここに油揚げをお供えしたのは上田だろう。今日の昼休みに揚げがなくなっているのを確認して、また置いたのだ。しかし、中に鶏肉の入っていない油揚げはそう簡単には持って行ってくれない。


 僕らのそんな雑談は、おそらく一仕事終えて土の中に埋まっているその存在のことを無理やりにでも忘れようと、まるでなかったことにしたかったからなのだと思う。くだらないことを言い合って、この先も何事もない日常が続くのだと思い込みたいがための空虚な努力。


 しかし、そんな僕らの努力を天野の一言が打ち消してしまう。


「つまりさ、この祠にそんな都市伝説があるのなら、これ目的にここに訪れる人間が俺たち以外にもいるってことだよな。ということは、犯人は外部の人間であるという可能性も残されるわけだよな」


 天野は、この首なし犬の犯人捜しをしようとしているようだ。


 ――犯人は部外者である可能性も残される。


 という言葉の裏には、これをやった犯人は僕らの中にいる可能性が高いという意味が込められているのだろう。

 河本から貸していた鍵を受け取り、一行は軽音楽部の部室に、僕は借りていた鍵を職員室に返しにいった。ふとしたことに気づき、僕がもともと持っていたはずの鍵と、職員室から借りた鍵を見比べてみる。


「やっぱり、そういうことだったのか……」


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