第22話 密室の首なし死体

 放課後の旧校舎、僕はゆっくりと読書をしようと考えていた。

 ななせが風邪をひいてしまって、軽音楽部の部活動はしばらく休みだと聞いていた。それに、上田の姿も見当たらない。鞄から読みかけの文庫を取り出して読書を開始する。昨晩読んでいて遭遇した密室について、僕なりの予想は立てている。さあ、答え合わせの時間だ。


 ――と、思っていたのだが、文芸部の部室の前の古い板張りの廊下をギイギイと音を立てて歩いていく一行がある。軽音楽部のメンバーだ。


 教室の窓をそっと開け、ベースの河本と目が合った。


「あれ、部活、休みじゃなかったの?」


「ああ、今日伏見さん休みでしょ。それで」


「それで?」


 意味がよくわからなかった僕に、ギターの天野が説明をしてくれる。


「本当はみんな、ちゃんと練習はしたかったんだ。だけど、昨日は伏見が喉を傷めていたみたいだから、みんなで休むことにしたんだ。彼女、もし俺たちが練習していたなら、きっと無理してでも自分も参加しようとするだろ?」


「ああ、なるほど」


「まあ、そういうわけで、迷惑かける」


 ――自分たちの練習が迷惑をかけているとわかっているのなら……いや、こんなことを言うのはやめておこうか。彼らだって、悪気があってやっているわけではない。


 本を閉じて湯沸かしポットにスイッチを入れる。男四人が古い階段を上がり、真上の教室の中を歩き回る音がはっきりと聞こえる。


 やがて、演奏が始まり、騒音の中でそんな足音さえも聞きとおせるような静寂はなくなり、僕は放課後の読書をあきらめた。


 スマホをいじりながら、上田から連絡が来ないだろうかと考えている自分に気づく。最近すっかり放課後に読書ができなくなり、そんな持て余した時間をなんだかんだ言いながら上田が埋めてくれていたことに気づく。


 上田は、今どこにいるのだろうか…… 

 そんなことを考えている最中、ゴトンと大きな音が上のほうから聞こえた。おそらく真上の軽音楽部の部室よりもさらに上のほう。しかし、二階から階段を上って存在するのはこの旧校舎の止まってしまったままの時計台の機械室だけだ。そしてその機械室には常に鍵がかかっており、その鍵を管理しているのは僕。いつも財布と一緒に持ち歩いている。


 その音を不審に思ったのは僕だけじゃないようだった。軽音楽部は演奏をやめ、何やら話し合っているようだった。


 少しして、誰かがギイギイと音を立てて二階から階段を下りてくるのがわかる。

 文芸部の戸を開いたのは軽音楽部の河本だった。


「ねえ、高野君。三階の鍵、貸してもらえるかな?」


「さっきの音?」


「うん、誰もいないはずなんだけどさ、何か物でも倒れたような……。ちょっと気になるから見てこようかと思って」


「ああ、そういうことなら」


 僕はポケットから三階の鍵を取り出し、河本に渡した。

 そして、それから一分も経たないうちに、三階のほうから河本のものと思われる断末魔の叫び声が旧校舎を包み込んだ。


 三階へと向かった。


二階から更に上階へと昇る階段の先に小さな踊り場があり、三階時計塔機械室の扉がある。


その狭い踊り場に、すでに軽音楽部の男子生徒三人が集まっている。


「どうかしたのか?」


「閉じ込められているみたいだ」


 僕の問いに天野が答える。


「は、早く、ここから出してくれよ……」


 衰弱しきった河本の泣きそうな声が扉の向こうから聞こえる。

 三階の時計塔機械室には鍵がかかっていて、その鍵は外側からのみ解錠できる。内側には、鍵を開閉させるサムターンがないのだ。そもそもこの場所は、教室だとかそういうものではない。単なる機械室で倉庫を兼用しているだけの部屋だ。元々が内側から鍵をかける必要のない場所なので仕方ない。


――しかし、


「閉じ込められているってどういうこと?」


「河本が鍵を持ってここに来たが、すでに鍵は開いていたらしい。不審に思いながらもドアを押し開けて中を覗いたが誰もいなかったようなのでそのまま機械室に入ったが、その直後、誰かがドアを閉めて、外側から鍵をかけてしまったそうだ」


「それは……僕が渡した鍵を、その誰かに奪われた。ということ?」


「いや、ちがう。鍵は、部屋の中で今、河本が手に持っているそうだ」


「それは変な話だな。鍵は、僕が持っていて、河本に渡した一つだけのはずだ。じゃあ、いったい誰が、どの鍵を使ってここの鍵を開けて、その後河本の入った後に閉めたというんだ?」


 もちろん、鍵が、僕が持っているもの以外にまったくないというわけでもない。しかし、誰かが鍵を閉めたとして、そいつはいったいどこへ行ったのか? 

 その犯人が、一階の玄関から出て行ったのだとしたら、文芸部の部室の前を通るしかなく、もし、そうならば、あの軋む廊下を音を立てずに歩くのは不可能なはずで、階段を下りてくるだけでもたぶん僕は気づいていただろう。

 つまり、これは密室であったと言っていいだろう。つまり犯人は、河本が閉じ込められた時に二階にいた誰かというわけだ。


 河本が閉じ込められていることを鑑みて、犯人であると思われる人物は、天野、花村、井上……あと、それに加え……


 僕が一人思索しようとしたところで、天野が追加の情報を与えてくれた。


「それと、中にいる河本が言うには……」


 ――機械室の中には、首なしの死体があるそうだ。

 

「とりあえず、どうにか河本をここから出してやれないか?」


 天野の言うことはもっともだ。この狭い密室の中で、首なし死体と一緒にいる河本のことを考えると、密室の推理なんかよりも、一刻も早くここから出してやることが最優先だ。


「わかった。とりあえず僕は職員室へ鍵を取りに行ってくるよ」


 僕は職員室へと向かう。そこに、三階機械室の鍵は管理されているのだ。しかし、それを持ち出すにはいちいち面倒くさい手続きをしないといけない。だから、それを面倒くさがった誰かがスペアキーを作って文芸部の部室の本の間に隠しておいたのだろう。それを、僕が管理していたにすぎない。だから、誰かが職員室からその面倒くさい手続きをして鍵を借りてきさえすれば、誰にだって犯行は可能だったのだ。

 職員室に来た僕は、「機械室に鳥が入り込んでしまったらしくて、それをつかまえて外に逃がしてやりたいから」という口から出まかせで鍵を貸してほしいと申請した。むろん、あの機械室に、鳥が侵入するような隙間はないだろう。しかし、教員に今旧校舎で起きている奇怪な出来事についてちゃんと説明するような気にはさすがになれない。


「じゃあ、これにクラスと名前、それに貸し出しの理由を書いて」と帳面を渡された。そこに記入をしながら前のページなどを見てみたが、僕以外に旧校舎三階時計塔機械室で鍵を借りた人間はいない。一応、教師には確認を取っておく


「すいません、この鍵。今日誰も借りに来ていませんよね」


「そこに名前がないならそうだろう?」


「ほかの鍵を借りたり、返しに来た生徒がありましたか?」


「ああ、それなら昼休みに体育倉庫の鍵を借りに来た奴ならいるけど」


「返しに来たのはいつですか?」


「昼休みには返しに来たと思うが……なんだ?」


「いえ、別になんでもありません。鍵、借りていきます」


 例えば旧校舎の機械室の鍵を借りて、別のところに名前を書いたりするというようなイカサマをしたという可能性はある。しかし、借りた鍵を返しに来たのが昼休みの間というのならばその可能性はないだろう。この鍵を使ったものがいるというのなら、返しに来たのはつい先ほど。放課後でなくてはならない。この鍵が、すり替えられた偽物でない限りは。


 鍵を握りしめ、再び旧校舎へと戻る。

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