第18話 その薄暗い公園には
「ドッグフードって、コンビニに売ってるのかな? まさか学校の購買には売ってないだろうし」
「麻里ちゃんに頼まれた犬の餌のこと? でも、その犬って幽霊なんじゃないの?」
「そんなわけあるか。あれは別の犬だよ。ちゃんと生きている、ふつうの犬だ」
見た目が全然違う、ということは伏せておいた。何を言われるかわからない。
「まあ、そういうことなら、これでいいんじゃない?」
ななせはポケットから、ラップにくるまれた揚げを二枚取り出した。
「昨日さ、マコトたちから話を聞いていたから、アタシも餌付けでもしようかなって思っててさ」
「それって……」
「みんなには内緒だよ。知ってる? これって犯罪なんだよ」
「金払ってないのか?」
「えへへ。しかもさ、油揚げの中には余った鶏肉も入れてあるの」
「それはダメだろ……。いや、むしろこれは、弱みを握ったことになるのかな? もし、このことをばらされたくなかったら……」
「うー。わかったよ。ハイ」
二枚の油揚げのうち一枚を僕に差し出す。
「なんだよ、それで買収しようってのか? 僕はキツネか?」
「いや、これを裏の稲荷にお供えすることで、願いがかなう訳だよね。それって、すごい価値あるものだと思わない?」
「あいにくだけど、僕はそんなにまじないとか占いを信じていないからなあ。そんな曖昧な願いごとをするよりはななせを脅迫して願いを叶えてもらったほうが手っ取り早い」
「ああ、さてはエッチな脅迫を!」
「ぐへへへへへ」
「まあ、マコトがそんな度胸がないことくらいはわかってるから、別に怖くないよ。それに、脅迫なんてしなくても土下座して足を舐めればある程度なら考えてあげてもいいしね」
「それ、喜んでいいのかわからない話だな」
「喜んでいいに決まってんじゃん。足を舐めさせてもらえるうえに、エッチな要求までできるんだよ」
「うん、それじゃあ、まあ、考えておくよ」
言いながら、僕たちは旧校舎の裏手に回り、稲荷の祠の前でそれぞれ手に持った油揚げを供え、手を合わせて願い事をした。
「ねえ、マコト。何をお願いした?」
「教えないよ。ガチのやつだからね」
今日の寄り道。『柴田のたい焼き』は学校を出て、駅とは逆方向へ少し行ったところ。公立の中学校のすぐ隣にある。放課後の時間ともなると部活を終えた下校途中の中学生が多く通る場所ではあるが、基本買い食いが禁止の中学校の目の前ともなれば生徒のほとんどは素通りするしかない。故にたい焼き屋の大将はいつも下校する生徒たちを恨めしそうににらんでいる。
だから僕たち高校生がこうして顔を出すと満面の笑みで出迎えてくれるのだ。いや、単にななせがルックス的に整いすぎているから特別なのかもしれない。僕が一人でこのたい焼き屋を訪れたことはない。
「たーいしょ。つぶあんひとつとー、ずんだあんをひとつおねがいしまあす」
「お、いつもかわいいねえ。はね、いっぱい入れとくね」
「わー、ありがとー」
少しバカっぽい会話も、ななせと大将の間ではいつものやり取りだ。笑顔で話しかけると、余っているたい焼きを焼いた際に出る羽の部分を袋の中にたくさん入れてくれる。
ホカホカの紙袋を受け取り、僕たちはいつもの場所へ移動する。
中学校の向かいにある児童公園だ。実はこの公園、ちょっとしたいわくつきなのだ。なにが、どうというわけでもない。以前公園でボール遊びをしてい女の子がいて、はねたボールがフェンスを越えてしまい、それを追いかけて行った女の子が道路に飛び出し車にはねられてしまった。市は、今後このようなことがないようにと公園全体を背の高い生垣で覆い、ボールが外に出ないようにした。しかし、そのため園内の光が遮断されてしまいがちになり、日が沈まないうちからほんのりと薄暗くなってしまった。おかげで、幽霊が出るだとか、つまらないことを言うような輩が出てきた。また、公園の前を車で通過するとき、ボールを追いかける女の子の幽霊を引きかけて急ブレーキを踏んだという話も少なくない。
一つ、補足として言っておくが、件の女の子というのは、事故にはあったもののかすり傷程度で、亡くなってしまうどころか今では元気な中学生となり、向かいの公立中学に通っている。
それはともかく、おかげでこの公園はなかなかのデートスポットだったりもするのだ。あまり近寄る子供も多くなく、いつもガラガラで周りからも見えにくいと、いいことずくめである。幽霊を信じないものにとっては。
僕とななせは公園の隅のベンチに並んで座る。案の定、公園には僕たち以外誰もいない。遠くに滑り台とブランコがあり、ブランコは誰も座っていないのに揺れている。それを、オカルトだと騒ぐ人もいるけれど、実はブランコというやつは一度動かすとなかなか止まらない。数時間たっても平気で揺れ続けることだって珍しくはなくて、それ故にオカルトと結び付けている人だって少なくない。
さらにその向かいには公衆トイレがある。左側が女子トイレ、右側が男子トイレと入口がわかれていて、その入口を隠すように目隠しの壁がある。
このトイレにも実は幽霊が出るとの怪談があるが、それの理由もはっきりしている。
俗にいうトイレの花子さんだ。本来このトイレの花子さん。向かいの中学校の三階のトイレでささやかれている怪談話だったのだ。中学生がトイレの花子さんだなどと甚だくだらない話ではあるが、この中学校のトイレは、つい最近までは相当に古く、汚かったらしい。雰囲気も抜群なため、そこでは懐古的なオカルト、トイレの花子さんがしっくり来た。だが、数年前にきれいに改装され、今ではその見る影もない。おかげで、居場所を失くした花子さんはこの薄暗い公園のトイレに引っ越しをしたというのだ。
まったく。実にくだらない話だ。この公園のトイレだって、それなりに清掃も入っているし、あまりそういった怪談とは無縁に見える。しかし、永年花子さんのトイレと交流していた中学生たちのとっては、花子さんが遠くへ行ってしまうことがさみしかったのかもしれない。
前置きは長くなってしまったが、つまり僕らこの公園のベンチで二人、誰の目を気にすることなくいちゃつくことができるということなのだ。
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