第16話 金山の巫女

「――そう、裏山にそんなところがあったんだ……ねえ、もしかしてその場所って、金山(カナヤマ)の巫女のお堂の跡じゃないかしら?」


「金山の巫女?」


「そう、アタシ、少し前に知ったんだけど、この学校のある山、『金の山』と書いてカナヤマって呼ばれているけど、昔は『神の山』と書いてカナヤマだったらしいの」


「そういやなんか聞いたことあるな。上田の調べていた学校七不思議の中にもそんな話が合った」


「うん、アタシが聞いた話によるとね。この山には神様のお堂があって、代々選ばれた若い女性が巫女となってそのお堂に住み、町を守ってきたらしいのね。だけど、その巫女は神様の使いだからずっと恋愛禁止だったの。

 でも、ある時その巫女に恋をしてしまった男性がいて、夜な夜な人目を忍んで巫女に逢いに行っていたそうなの。

 だけど、そのことが町の人に見つかって、みんなはカンカンに怒ったらしいの。

 決して許されない二人の愛。その二人は最終的にお堂に火をつけて心中を図ったらしいの。

 愛の、物語よねえ」


「なんというかまあ、古い田舎の因習といった感じだな。神の巫女なんて言って祀り上げられて、いいところただの生贄だよな。自由を奪われて町のために祈るだけの人生なんて」


「まあそうよね。特に恋愛禁止ってのはないわ。自分が幸せじゃないのに他人の幸せを願えっていうのはちょっと酷ね」


「でもまあ、そこに夜這いを掛けようって男もなかなか大した度胸だ。その巫女がそれほどまでに魅力的だったのか、あるいは他に相手をしてくれる女の子がいなかったのか。

 恋愛を禁止されている巫女の前に現れた男に、巫女としても相手を選ぶ権利もなかっただろう。ただ初めての恋愛に、舞い上がって命まで賭けてしまったのかもしれない」


「ちょっとマコト、テンション下がるようなこと言わないでよね。二人はさ、すごく愛し合ったの! 命を惜しいと思わないくらいにね」


「まあ、そういうことにしておこう」


「でもさ、そういわれるとこの学校って素敵じゃない? だって命を懸けて恋した男女の伝説が残る山なんでしょ?」


「呪いの山、らしいよ」


「なんでそうなるのよ!」


「そういう都市伝説になっているらしい。命をかけて愛を成就したとみるか、愛を許されないがゆえに命を絶たなければならなかったとみるのか。もちろん、後者で考えるならばここで恋愛することは巫女の恨みを買いかねないことから呪いと考えるだろう。もしかすると、この旧校舎に出るという幽霊の正体は巫女の怨念なのかもしれない」


「やだ、やめてよ……」


 会話が途切れ、一時的な沈黙が起きる。一部の間ではこういう時は『霊が通った』と表現するらしい。

 その時、ギイ、と天井が軋む音がした。古い建物だから、上の部屋で誰かが歩くだけでこういう音が聞こえる。


「やだ、もう、なに?」


「誰かいるんじゃないのか? 上の階に」


「だって、軽音部は今日は休みだって……ねえ、マコト、ちょっと見に行ってきてよ」


「あれ、もしかしてビビってる?」


「そ、そんなわけないじゃない! ほら、泥棒とかだったらヤバいじゃない!」


「軽音部の部室に、盗まれたら困るものってある?」


「え? そりゃあ、あるに決まってるじゃない。ドラムセットとか」


「盗むにはあまりにも効率が悪いな」


「じゃあ、アタシのハート、とか?」


「そいつを盗むのはちょっとむつかしいな」


「でも、挑戦するだけの価値はあると思うな」


「ああ、そうだな」


 ――いつかは僕が盗んでやるよ。なんて言葉を考えもしたが、さすがに口には出さない。


 立ち上がり、教室を出ていこうとする。


「ねえ、ちょっと、どこ行くのよ」


「一応二階を見てくる。泥棒がいたら困るからね」


「き、気を付けてよ」


 二階。軽音楽部の部室だ。自分の所属していない部室に、誰もいないときに入るというのは罪悪感がぬぐえない……と思ってよくよく考えてみたら、文芸部の部室には僕がいない時でも上田やななせは平気でいたりする。今だってななせは一人きりだ。


 だが、今は問題ないだろう。足音がした以上、誰もいないということはあり得ないのだから。

 とか、言いながら、実は少しだけビビりながら引き戸を開ける。

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