第8話 39アイス


39アイスクリームの店舗は、学校の最寄り駅に向かう道から少し迂回した場所にある昭和を感じさせるような古い商店街を抜けたその先だ。

 道すがらにななせが質問をぶつけてくる。


「ねえ、マコトは今日。オカ研の上田さんとずっと一緒にいたんだよね」


「いや、別に一緒にいたわけじゃないけど……」


「さっき部室に行ったとき、マコトのマグカップともうひとつ、紙コップが置いてあったし、オセロのセットの位置が変わってた」


「名探偵、ななせ」


「もしかしてマコトのことが好きなのかも?」


「ははは、それはないな。単に人手がほしかっただけだろう。オカ研は部員が上田一人しかいないみたいだしな。学園七不思議を調べているとか言っていた」


 僕は聞かれてもいないのに今日あった出来事をすっかり話してしまった。とはいえ、旧校舎裏の祠に油揚げを供えたことと、オセロをしたことぐらいだ。ほかには何もしていない。


「ああ、それで――」とななせは言った。「今日の昼休みにさ、麻里ちゃんが学食に来て、アタシが接客したんだけどね、今日はきつねうどんを頼んだのよ」

 伏見ななせは調理科の生徒だ。調理科の生徒は他の科の生徒が昼休みの時間に、授業の一環として学食の調理、運営を行っている。 


「うん、なんとなくそんな話は聞いたな」


「そう、それでさ、麻里ちゃんは今日、『一生に一度のお願いだから揚げを二枚乗せてくれ』っていうのよ。『お揚げの乗っていないきつねうどんはもはやたぬきうどんだ』ってさ。意味わかんないなって思ったんだけど、そういうことだったのね。一枚でも載っていればちゃんときつねうどんなのにって思ってたんだけど」


「いや、そういうことだったじゃないだろ。つか、そこをななせがツッコむのもどうかと思う」


「うん? まあ、仕方ないから二枚載せたわけだけどさ、先輩に見つかっちゃったらアタシもヤバいんだけど」


「いや、もうどこをツッコんででいいのか……とりあえず、上田にはちゃんとななせに迷惑かけないように言っておくから……」


「うん、そうしてくれると助かる」



 言っているうちに、39アイスの前に到着した。今日の放課後あんな話をしなければ気づきもしなかったのだけれど、ここの39アイスの隣はソバ屋で、その隣は古本屋だった。やっぱりソバ屋の主人が怪しいなと……いや、その話はもういい。



店内に入り、ショーケースに並べられた39種類のアイスを吟味するななせ。僕としてはかえってこれだけ種類があると考えるのも面倒になって、いつもの定番に落ち着いてしまいそうなのだけれど……ななせはいたって真剣なまなざしだ。

どの味を選ぶかで、その後の人生がすべて決まってしまうかのような、そんな面持ちだった。


 アイスは三角形のコーンワッフルの上に雪だるまのごとく二段で積み上げられる。これで一個分の値段だというのだからお得だというのは納得できる。やはり、この季節ともなるとアイスクリームはこのくらいしないと売れないのだろうか。


 一人が二段、僕とななせとで合計四つのアイスを持ってイートインコーナーへと向かう。さすがにこの寒さでは外を歩きながらというわけにもいかないだろう。


 イートインコーナーは空いている。僕たちは適当な席に座って、さあ食べ始めようかとしたところで、視線を感じだ。窓の外を見る。39アイスのすぐ前の路地を曲がって見えなくなってしまったが、一瞬だけそこに僕らと同じ学校の制服姿の後姿が見えた。あれはいったい……


「麻里ちゃん?」


 そう言ったのはななせだ。確かに上田と同じ黒いちょはつに見えたが、制服は男のものだったはずだ。


「マコト、どこ見てんのよあっち」


 ななせの指さすほうに目を向けると、店内の隅にいる女子生徒と視線がぶつかった。


 まあ、学校からさほど離れてもいないので珍しいことではないが、つやのある黒髪に眼帯姿というのはそうそう見かけることはない。


「あれ、上田。こんなとこで何やってんだ?」


「ああ、これはこれは高野君、それに伏見さん。もしかしてデートですか? わたしは見ての通り一人さみしくアイスを食らってるわけですが?」


 ついさっき別れたばかりの上田麻里とこんなところで再会するとは思っていなかった。


「あ、麻里ちゃーん! やっぱ麻里ちゃんもスノーマンズキャンペーン狙い?」


「ええ、まあ、そりゃあお得ですからね。来ないわけにはいきません」


「うん、そっかそっか。でさ、麻里ちゃんはフレーバー何にしたの?」


 顔見知りと偶然に出会ったななせはテンションを上げて上田と同じ席に座ってしまう。僕も仕方なしにそちらの席に移動する。正直な話、折角ななせと二人きりのデート気分が味わえると期待していたのに、上田のせいで台無しになってしまったと愚痴りたい気持ちもあったが、さすがにそれを言ってしまうほど僕は子供ではない。


「アタシ? アタシはキャラメルリボンにラズベリーチーズケーキだよ!」


「あ、それおいしいですよね」


「それで、麻里ちゃんは何を食べてるの?」


二人で変に盛り上がるテンションで、ななせの質問に咄嗟に答えようとした上田はいったん口をつぐみ、「わたしのアイスのフレーバー、なんだと思いますか? 当ててみてください」と言い出した。


まったく。面倒なことだ。


「ところでさ、もしそれに正解することができたなら、何か賞品でもあったりしないのかな? それ次第で僕のやる気は俄然変わってくるんだけど?」


「そうですね、じゃあせっかくですから、もし正解したら何でも言うことを聞いてあげますよ」


「何でも?」


「そ、なんでも」


「それはつまり……」


「もちろん、高野君が考えているようなことだってかまわないですよ。もう、わたしは奴隷に徹してあげますから」


「そうか、ならば少しだけ本気を出すことにしようか」


さて、さほどむつかしくなさそうなこの問題。


上田が手に持っているワッフルコーンのアイスはスノーマンズキャンペーンで二段重ねになっている。下の段はほんのりと白みを帯びたライトグリーン一色で、その上のアイスはすでにほとんどを食べ終えてしまっているが、おおよそ白とピンク色のマーブル模様のアイスだということが見て取れる。


「え、なんだろう? アタシ、ちょっともう一度フレーバーを確認してくるね」


 ななせを席を立ち、再び店頭のほうへ、だが、言わせてもらえば申し訳ないのだが、テーブルの脇にすべてのフレーバーの一覧が写真付きで掲載されたメニューがある。


 ライトグリーンのアイスは二種類。一つはシャインマスカットともう一つはホワイトチョコミントだ。色合い的に見ると色が濃い目のシャインマスカットのようにも見えるが、写真の写り方によって色合いは多少変わって見える可能性がある。


そして問題は上の段。新品の状態だともう少しわかりやすかったのかもしれないけれど、残りの量が少なすぎて候補が絞り切れない。

色合い的に該当しそうなものと言えば、ピーチブラマンジェ、ストロベリーリボン、バナナ&ストロベリー、ラズベリーチーズケーキだ。ラズベリーチーズケーキにはNEWというマークがついている。



さあ、もう答えはわかっただろうか? まあ、僕にとってはこのくらい実に簡単な問題だ。


ななせが帰ってくる前に、さっさと正解にたどり着くことにしよう。

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