第7話 ロシアンルーレットの真相

 今日の調査はこれにて終了。実に、あっという間の出来事だった。


 僕たちは文芸部の部室に戻り、我が部室唯一の電化製品の湯沸かしポットに電源を入れる。体が冷えたので温かいコーヒーで休息だ。自前で用意しているマグカップと来客用の紙コップにインスタントのコーヒーの粉を入れ、沸かしたお湯を注ぐ。


「上田、砂糖とミルクは?」


「いらないです、そのままで大丈夫」


 マグカップと紙コップの両方に入ったブラックコーヒーを机に運び、オセロの盤を用意する。


 二階で鳴り響く騒音は依然鳴りやむことを知らず、僕と同じく退屈そうにしている上田に相手をしてもらう。


 当然のように黒を選んだ上田が必死で盤面を黒く染めようとするが、やはり最終的には白のほうが多くなる。


 申し訳ないが、オセロではあまり負ける気がしないのだ。


「オセロでなら、上田の考えていることが読めるんだけどなあ」と愚痴をこぼす。


「そうですね。ほかのことに関しては、高野君は全然わたしの考えを理解してくれません」


「理解も何も……さっきのアレ、どうやったんだ?」


「あれ、と言いますと?」


 僕は部室の隅の、まだ片付けていない紙コップの群を指さす。


「何を言っているんですか? わたしは何も小細工なんかしていませんよ」


「していないわけないだろう? だって現に上田が勝っているんだ」


「勝つも負けるもないです。あれはただ単に、すごく効くという風の予防薬が手に入ったから皆さんにおすそ分けしたにすぎません。風邪が流行っているようですから、やさしいわたしからのほんの心づてです。

でも、とにかくあの薬、めちゃくちゃ苦いのでちょっとしたレクリエーションを織り交ぜたというだけですよ」


「なるほど、小細工はしていなかった……そういうことか」


「そうです、わたしは何も小細工していませんでした」


「我慢していた、ということか」


「そうです。わたしはあの薬、普段から飲んでいるのでそれなりに慣れてしまっているんですよ」


 つまり、あれは初めから六つすべてが激マズドリンクという名の風邪の予防薬だったのだ。普段から飲んでいる上田は顔色一つ変えずに、自分が当たりを引いたフリができるということだ。


「ああ、そうだ。とにかくあの風邪の予防薬、効果抜群なので高野さんも飲んでおいてくださいね」


「そこまで苦いとわかっていて、飲む気にはなれないな」


「おこちゃまですか?」


「子供とかじゃなく、苦すぎるのは誰だっていやだろう」


「風邪ひいてからじゃ後悔しますよ」


「あいにく、僕は風邪をひかないんだ」


「ばかだから?」


「言っておくけれど、僕は校内でも成績はトップクラスなんだぞ」


「でも、高野さんはやっぱりバカですよ。それじゃあ、また明日」


微笑みながら捨て台詞を残し、上田は荷物をまとめて一足先に帰路につく。



 しばらくして二階の騒音が止み、旧校舎に再び静寂が訪れる。

 一方僕は軽音部のかたづけが終わるまでのささやかな時間に持っていた文庫本を開き読書を開始する。


「それじゃあね! またあした!」


 廊下の外で軽音楽部のほかの部員に挨拶をするななせの声が響く。見ていなくても、ちぎれるほどに手を振っているななせの姿が頭に浮かぶ。バタバタとななせが階段を駆け下りてくる音が響く。


「マコトッ おまたせ!」


 ななせが元気よく教室のドアを開けて入ってくる。僕はゆっくりと本を閉じ、鞄へしまう。

 荷物をまとめる僕を横目に、ななせは部室の隅に置きっぱなしにされた紙コップを見つける。


「ああ、これまだ片付けてなかったの? だめじゃん!」


 言いながら、ななせは手際よく片付けをしながら、僕が手に持っていた、口をつけていないカップを手に取る。


「これ、そんなにマズイのかな?」


「マズいらしいぞ。みんなの反応、見ただろ?」


「マコトはビビッて飲まなかってけどね」


「ビビっていたわけじゃない。必要なかったから飲まなかったんだよ。でもなんかそれ、風邪の予防薬らしい」


「へえ、そうだったんだ」


 ななせはつぶやき、そのカップの中身をグイっと一気に飲み干した。勇気ありすぎだろ。

 一気に飲み干したななせは、きょとんとしている。あまりのマズさに、言葉を失ったか?


「ねえ、マコト。これ、ふつうのお茶なんだけど?」


「そんなはずないだろ。だってみんな……」


 ――そうだった。さっき上田は、『何の細工もしていない』と言ったのだ。それはつまり、ちゃんとひとつだけが普通のお茶で、そのお茶は奇跡的に僕が引き当てていたのだ。


 だが、上田は僕が口をつけていないことを知り、ほかのみんなの反応を見て僕の手元にあるのが正解だと気づいた。だけど、僕が飲まないでいることをいいことに自分がさもあたりを引いたフリをしただけだったのだ。


「残念だったね。マコトがちゃんと口をつけていれば、アタシとハグできたのに」


「べ、別に、それが目的だったわけじゃないし……」


「そっか、それは残念。じゃあ、そろそろいこっか。39アイス」


「マジで行くのか? 今日、結構寒いぜ」


「うん、マジで行くよ。だってスノーマンズキャンペーン中だよ。行くに決まってんじゃん」


 ななせ曰く、音楽に国境がないように、アイスクリームに季節は関係ないのだという。


まったく意味が解らん。

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