第5話 学園七不思議
「いいですか? それじゃあ、みんなせーのっで行きますよ」
「「「「「せーのっ」」」」」
そのあまりの苦さに、軽音楽部の四人が悶絶している。
そして、案の定。上田はカップのドリンクを飲みほしてなおケロリとした様子だ。
「あれ、高野君。飲まないんですか?」
「必要ないだろ? 答えはもう出てる」
「ずるい人ですね」
「なんとでも言え。負けとわかっているなら、何もその上で苦い思いまでする必要はないだろ」
僕は、口をつけるふりをして一滴も飲まなかったカップをテーブルの上に置く。
「そういうことで、わたしの勝ちですね。伏見さんのハグは、わたしがいただいちゃいます」
皆が見守る中で、上田とななせが抱きしめあう。しかも、少しまとわりつくように濃厚だ。
ななせがほかの男の毒牙にかからなかったというのならばそれはそれで納得。
それに……この光景、それはそれで悪くない。
上田とななせの間に挟まれたい。なんて感想を持ったのは何も僕だけではなかったはずだ。
ほんのひと時の談話を終え、それぞれが部室へと帰っていく。
準備に少し手間取ったななせが最後に、
「じゃあアタシも、そろそろ行かなくっちゃ。じゃあ、またあとでね!」
それだけ言い残すと、教室を後にして廊下を走り、ギイギイと軋む旧校舎の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
とても静かなこの旧校舎では、そんな足音までもがどこにいてもよく聞こえる。特に、ななせのように少しおてんばで元気に動き回るならばなおさらだ。
さて、ななせが去り、再び文芸部の部室に静寂が訪れる。
無駄かとも思いながらも文庫を再び手に取り読書を再開する。
「よし、それじゃあそろそろはじめよっか」
天井の裏側から、かすかにななせの声が聞こえる。
ガタガタと、古い建物のガラス戸が振動する。やはり、どうしてもこの音だけは許容できない。遠くで聞こえる吹奏楽部のトランペットが音をはずしても、走り込みをする陸上部の「ファイト」の掛け声もそれほど気になりはしないのだが、やはりどうしても天井の裏側で毎日執り行われるななせたち軽音楽部の練習の音だけは許容できない。
果たしてこれほどまでに、読書に向いていない環境があるだろうか。
仕方なく文庫を閉じて鞄にしまい、スマホを開いてダラダラと過ごす。
こんな放課後は本意ではないけれど、そのあとにななせと寄り道をすることを考えるなら先に帰るというわけにもいかない。
特に目的もなく、スマホをいじりながらダラダラとやっていると、再び着信がある。
『もしもし、わたし麻里です。ヒマなので今からそっちに行ってもいいですか?』
「だめだ、今忙しい」
『どうせ本なんか読んでないんでしょ? いいじゃないですか。今からそっちに行きますね』
「読んでるよ。今、すごくいいところなんだ。だから邪魔しないでもらいたいんだけど……」
ガラっという音と共に教室の引き戸が開かれ、スマホを耳に宛てた女子生徒が入ってくる。
『やっぱり本なんか読んでないじゃないですか。ウソツキ』
「電話がかかってきたから仕方なく本を閉じているだけだよ」
スマホに向かってか、それとも目の前にいる本人に向かってか判然しないような物言いの後すぐに通話を切る。いったいつの間に階段を下りてきたというのだろうか。上田が歩くときは不思議とこの旧校舎の床が軋まないのだ。
上田は、近くにおいてある椅子を僕の隣にもってきて座る。
「ねえ、どうせ暇なんでしょ? 手伝ってほしいんですけど」
「読書をしているんだ。ヒマじゃないよ」
「無理でしょ?」
立てた食指を天井へ向ける。
「嫌いか? この曲?」
「きらいではないですよ。放課後でないならね」
「それには同感できる」
「というわけでですね、今この学校の七不思議を調べているわけですけど……」
というわけで、なんだというのだろう。まるで、僕が手伝うことを了承したみたいになっている。それに、なんと言ったっけ?
〝学園七不思議〟? ヤバい、おそろしく興味がわかない。だが、この際だから少しだけ付き合ってみることにしよう。ななせとの放課後デートまでのほんのヒマつぶしだ。
「で? この学校に七不思議なんてあったの? 聞いたこともないけれど?」
「七不思議の無い学校なんてないですよ。それを知らないのは高野君が無知なだけじゃないですか」
「無知とは言ってくれるね。一応これでも成績は校内でもトップクラスのはずなんだけどな」
「学校の成績で無知かどうかは決まらないですよ。少なくとも高野君は友達がいなくて、現に学園七不思議のことも聞いたことがないのですから」
「言っておくが友達がいないわけじゃない。一人の時間も大切にしているだけだ。それに、友達がいないというなら上田だって同じだろう。それなのに、どこでそんな情報を収集してくるのやら」
「おや、高野君はインターネットというものをご存じでないのですか? まあ、この時代になってもいまだにそうやって紙に印刷された文字を喜んで読んでいるくらいですから仕方ないかですよね」
「偉そうなこと言っているが、結局上田も友達がいないってことだろ?」
「うぐっ、ま、まあ、ともかくですね、ネットでの情報を集めたところ、今のところこんな事案が出てきたのですよ」
上田が机に置いたスマホには次のような言葉が箇条書きにされていた。上田が自分で収集したネタをメモアプリにまとめているようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます