第4話 ロシアンルーレット

 僕たちは、ななせが六つのカップへドリンクを入れる間、背中を向けて待っておくことにした。互いに後ろを振り返らないように監視しあっているが、そんなことにあまり意味はないだろう。


 むしろ、僕が懸念するのは、この話を持ち出してきた上田が、どんな不正を用意してきているかということが気になっている。


 激マズだと知りながら、何もわざわざ自分がそのリスクを負う意味が解らない。おそらく上田自身、何らかの不正を準備していて、うまく自分が勝つように仕掛けているはずだ。そしてそのうえで、スケベ心を出した僕たちがそろいもそろって激マズドリンクを飲む様を見て喜ぼうという魂胆なのだろう。


 要するにこのゲームは、そんな上田のトリックを見破り、うまく出し抜けるかどうかという点にかかっているわけだ。


「できたよ。こっち向いてもOK!」


 ななせの言葉に振り返る。目の前にあるコップは六つ。量はどれも同じように見える。自分は視力に自信があるほうではあったが、六つ全部が全く同じ色に見える。匂いも、少し離れている現状では特に目立つものもなく、やはり飲んでみないとわからないといったところだろうか。


「それじゃあ、公平を期すためにこうしましょう。皆が背中を向けている間、ひとりずつカップルをシャッフルしていくということにしましょうよ。それじゃあまずわたしから、みんな向こうを向いていてくださいね。あ、伏見さんもです。伏見さんが答えを知っていて、誰かにアイコンタクトで教える可能性だってありますから」


 僕たちは上田以外全員背中を向ける。


 やはり間違いないなと感じた。最初にシャッフルをすると言い出したのが上田で、つまりはこの時に何らかの細工をしているとみて間違いないだろう。


「いいですよ。終わりました」


 僕たちはまた向き合い、その後全員が順番にシャッフルをして終わった。


「さあ、それじゃあ皆さん。それぞれ好きなカップを手に取ってください」


 上田のその言葉を聞き、僕はいったん待ったをかける。


「いちど、ゆっくり見せてもらっていいかな?」


「もちろん、かまわないけれど?」


「それじゃあ」


 僕は、並べられた六つのカップをじっくりと見つめる。


「いくら見たところで見分けは付かないですよ。わたし、ちゃんと色目にも区別のつかないお茶を用意したんですから」


「そうはいってもね、紙コップのほうに細工をしているかもしれないだろ? 皆がシャッフルしても自分だけわかるように小さな傷をつけているとか、紙コップの一つだけよく見ると十一角形をしているだとか?」


「はあ? 何を言っているんですか? 縁の丸い紙コップの中の一つだけ十一角形のものがあったら、じっくり見なくても一目でわかるでしょう?」


「まあ、それは気にしてくれなくてもいいんだけれど……」


 しかし、やはりいくら見てもそれらしい目印のようなものは見当たらなかった。


 そこで僕がふと思い出したのはとあるミステリ小説に描かれていた手法だ。

 これは、三つのカップのうちひとつだけに致死量の毒が入れられていて、それを回避するために一度、毒入りを含めたすべてのドリンクを一つにまとめ、それをまた三分割するというものだ。この方法だと、自分は必ず毒を飲むことになるが、三分の一に薄まった毒では致死量とまでにはならず、命が助かるというものだ。


 しかしこの場合、六つのうち五つが激マズで、それをあわせて再分配したところで、すべてが激マズになるだけで誰も救われることはないだろう。それは、違うはずだ。


 しかし、いくら見ても、いくら考えても答えは見つからない。もう、これは、運を天に任せるしかないのだろうか。


「高野君。もうそろそろいいですか? 何度も言いますけど、いくら見たってわからないものはわからないですよ」


「ああ、そうだな」


 僕は渋々受け入れる。


 六つのカップのうち、井上、河本、花村がそれぞれを手に取る。その間、上田は注意深く観察しているようだが何も言わなかった。


 残るカップは三つ。悩んだ末、天野がそのカップのうちの一つを手に取ったところで上田が口を挟む。


「わたし、これは絶対に違うと思うんですよね」 


と、天野が手に取り、残されたカップのうち一方を指さす。そして、それを脇によけ、


「ねえ、天野さん。本当にそっちでいいですか? 今ならまだ、変えてもいいですよ。変えないならわたしがこれを取ります。もし、変えるというのなら、天野さんが持っているほうをわたしが飲みます」と言った。


 ――こんな話を、どこかで聞いたことがあるなと思う。


「おい、上田、それってモンティ・ホール問題メソッドじゃないのか?」


「モンティ・ホール問題?」


「モンティ・ホールはアメリカのバラエティ番組の司会者の名前で、その番組内で取り上げられて有名になったものだ。三つの扉があって、そのうち一つが正解という状況。まず回答者に一つ選ばせ、次に司会者が不正解の扉を一つ開ける。司会者はそこで、『選んだ扉を変えますか?』と質問してくるんだ。この場合、替えるべきかどうかという問題」


「どっちが得ということなないんじゃない? どっちも50%でしょ?」


 井上の意見は今の状況において模範解答だと言っていい。


「いや、この問題、選んだ扉を変えたほうが、変えないときの二倍当たりやすくなるんだ」


「え、なんでだよ? どう考えても50%だろ」


「そうじゃないんだ。司会者が扉を開けるのは回答者が一つ選んだあとで、つまり司会者は二枚の扉のうち一つが不正解だと教えてくれているに過ぎない。

 もし、司会者が扉を開けなかった場合、最後の扉を変えるか? という質問は、今選んだ扉ひとつににするか? それとも残りの二つ両方の扉にするか? という質問になる。つまり、三分の一か三分の二のどちらを取るかという意味だ。もしこれでもわからなければ、総当たりの表を作ってみればわかる。この場合、変えたほうが得だ」


「でもそれってさ――」上田が言う。「わたしが答えを知っていれば、という話だよね? わたし、答え知らないからそのモンキー何とかには当てはまらないんじゃない?」


「答えを知らないという証拠はない」


「いや、むしろこの場合――」天野が指摘を始める。「高野こそが答えを知っていて、モンティ・ホール問題を引っ張り出すことで俺に答えを変えさせようとしているようにも聞こえる。それに、高野と上田がグルになっているとだって考えられるんだ。つまり、俺は答えを変えはしない。これで決定だ」


 僕の余計な詮索で、天野は答えを変えた。そして、僕の目の前にあるカップは、答を知っているんじゃないかと疑う上田が『これはないと思う』と言ったカップだ。


「ところで高野君。さっきわたしが答えを知っているのではないかと疑っていましたが、もしそうなら、その残されたカップを自分が選ばなければならないことが不満なんじゃないのですか? 答えを知っているかもしれないわたしが、これは違うと思うと言って除外したカップ。だったら、こうしましょう」


 上田は、手に持っている天野が交換しなかったカップを置き、除外していたカップを手に持つ。


「これなら文句はないでしょう?」


 ――失敗した。はじめから上田の狙いはこれだったんだ。天野に意味のないモンティ・ホール問題をぶつけ、話題をそらしたうえで文句のつけようのない形でこのカップを選ぶ。

 さすがに僕もこの上であれこれ文句はつけがたい。


 それぞれがカップを手にした。おそらく上田が勝ち、僕は負けるのだろう。いや、そもそも初めの時点で正解が見破れなかった僕の負けは決まっていたのだ。ならば、この状況から、僕は何をするのが正解なのか?

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