貴女が羨ましいと言えたなら
教室に一人でいると、遠くで部活に励む後輩達の声や、チューニングをする楽器の
好とは、保健室から戻っても会えずにいた。
外塚くんは、名残惜しそうにしながら手を振り、「また明日」と言うことで自分の中に区切りをつけ、塾へと向かったらしい。
勉強をしてみても、身が入らない。
好と中学を卒業するよりも早い段階で疎遠になるなんて、考えもしなかった。
それがまさか、外塚くんと親しくしたことが原因になるなんて。
いや、そうじゃない。私が好に甘えていたからだ。話しかけてくれないな、避けられてるのかな、なんで一人で妄想して勝手に落ち込んで、一人で気不味くなっていただけなのに、好のせいにしたのだから。
好は悪くない。
だから、ちゃんと伝えなきゃ。
「好と、今まで通り、仲良くしたい」
思っている事を、願っていることをそのまま、伝えないと。
タッタッタッタッ、と軽やかに走る足音が、段々と近付いて来る。
誰か、忘れ物でもしたのだろうか。
バンッ!と壁にぶつかる音がして、何事かと顔を向けると、肩で息をする好がそこにいた。
「ごめん!お待たせ!」
ゼェゼェと息をして、胸の辺りを撫でながら、スラリと高い背を少し丸めてゆっくりと私の方へと歩いてくる。
「あ、いや、そんな大層なことじゃないのに!こっちこそごめん!走って、来てくれたんだね」
「いいの、いいの、ごめん……ちょっと、呼ばれててさ」
それだけで、じんわりと胸が熱くなるほど嬉しい。好の、たったそれだけの行動で今は有頂天になれる。
「話、あるって?どうかした?」
少しずつ整ってきた息の合間で、好は話を始めようと切り出してくれた。ふぅ、と息苦しさを一緒に吐き出した好は、綺麗な笑顔を私に向ける。男女問わず、惚れさせてしまえるような美しさ。
「あの、最近話せること少ないな…‥って思って」
「あー、ね。クラス違うし、最近行事もないし、塾も、通い始めたんだよね」
「え、そうだったの?」
「うん。だから、この時間もう帰ってること多くて」
「そう、だったんだ……」
私も、この時間に残っていることなんてない。
隣クラスには何人か、キラキラした女の子やイケイケの男子が勉強もせずに現実逃避している人がいるけれど、そこにいるのも、各クラスの問題児二、三名ずつだ。
十人にも満たない、問題児集団。
「あれだよ、だから、万莉のことを避けてたとか、そういうんじゃないよ」
私の不安を、悩みをたった一言で解消してくらる、不思議な人。
好の言葉は、私にとって魔法だった。
「そっか、よかった」
「うん……あ、けど」
「……けど?」
新たな不安を芽生えさせる言葉に、一瞬硬直する。
なんと、言われるか。
予想は出来ている。心を強くすれば、大丈夫。
「外塚にさ、睨まれたんだよね。万莉と話してた時に。だから、外塚が近くにいる時は、避けちゃうかも……ごめん」
予想通り、予想より柔らかい内容にぶつかって、心はしっかりと守られた。
「そうだったんだね。それは、ごめん。嫌な思いしたよね」
「いや、なんか、彼変わってるよね!いきなり万莉のこと独り占めするからさ、付き合ってるのかと思ったもん!すっごい仲良いし、その……ラブラブなんでしょ?」
「ら、ラブラブ⁈全然だよ!なに、それ!付き合ってもないし、外塚くんも、そういうのじゃないって、言ってるから」
「……あ、そう、なの?へぇー」
好はさっきまでと打ってからって、少しだけ気不味い空気を漂わせる。
「どうか、した?」
「あ、いや、その……みんな、噂してるよ」
「……なにを?」
好は言葉を選びながら、いや、言うかどうかすらも迷って、眉間に皺を寄せた。
「えっと、ホントに気分悪くさせてごめんなんだけど、二人が美術室で抱き合ってるの、見たって……私は見てないから、付き合ってるのかー、くらいだったんだけど、もしかして、それも——」
「そんなことしてない!」
思わず、強い口調で否定していた。
私って、こんなふうに言えるんだ、なんて少し感動したくらいにして、それでも怒りと恥ずかしさで目が熱くなるのを感じながら、好に顔を向けた。
「あ、ごめん!それならいいんだ、というか、抱き合ってたからっていいと思うんだけど……みんななんで噂したがるんだろうね」
サッパリとした性格の好は、噂をあまり好かないはずだった。
それなのに、私の噂にだけは違った。
「私、好の人に流されなくて、強いところが好きだった」
「……へ?」
「強くて、優しくて、美人な好に憧れてた」
「ちょ、ちょっと、待って」
困惑しながら、好は私を止めようとしている。それなのに、この口は止まろうとしない。でも、それ以上の言葉は、言ってはダメだと、分かっている。
「どうして、そんな噂……真に受けたの」
「違うよ!そうなんだー、って、万莉と話すこへってからの話だから、付き合ってるのかも確認出来てなかったし、聞けてたらこんなこと言わないよ!というか、強いってなに?憧れって?友達なんだから、対等でしょ?どうしたの、万莉」
変だよ、と言いながら、今まで私が抱いていた劣等感に触れたことのない好は、なおも心配そうに私を見ている。一歩近付いて、好の手が肩に触れた。
「対等、とか言えるの……相手を下に見てるからだよ」
「え」
やってしまった。
と思っても、明らかに遅過ぎた。
「なに、それ」
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