改変を受け入れた者が訪れる

 病院内は今日も人で溢れていた。

 あの後、落ち着いた吉瀬好に結局もう一発殴られた——場所は顔ではなく腹だった——小嶋貴大は、負傷部位をさすりながら部署へと戻るところだった。

「あの、ですから!ハタノさんは今面会をお断りしてまして——!」

「チラッとでも会えないって、彼女、そんなに容態が悪いんですか⁈」

 と、ひどく悲痛な叫びを上げる男性が受付におり、なんとなく小嶋は知り合いのような気がして無視できなかった。

「お疲れーっす。どったの」

「お疲れ様です。なんか、見舞いらしいんですけど、先生から断るようにしか言われてない人で……」

 受付の一番端の席に掛ける男性事務員に問い掛けながら、チラリと言い争っている二人を見ると、事務員の方が小嶋を見た。ニコリと微笑み、助けられないよ、と暗に伝えた。が、今度は言い争っている男が小嶋を見た。

 ジッと、小嶋を見て、みるみる眉間に皺を刻む。

「……小嶋?」

「あれ、お知り合い……でしたか」

 とぼけているだけで、小嶋も相手が誰か分かっていた。

 昨日今日で、なぜかその印象が強く残っている男。吉瀬好が、自身ではどうにもできない程嫌っている男。

「外塚だよ。中学一緒だった。忘れたか?」

「……あーあ!外塚か!久しぶりだな……って言っても、お前俺のこと嫌ってたろ」

「今も嫌いだ。相変わらず女にチヤホヤされてるらしいことが見て分かるよ。反吐が出る」

「手厳しいなぁ。別にわざとそうしてる訳じゃないってーのに」

 小嶋のわざとらしい反応は、外塚を苛立たせるのには十分だった。

 面会を断られているというだけでも苛立っていたというのに、それをさらに苛立たせたのだ。受付にいた事務員は、仕事の傍ら聞き耳を立て、「何やってくれてるんだ」と、皆怒りを覚えていた。

「で、誰の面会だ?吉瀬なら仕事だぞ」

「どうして吉瀬が出て来る。吉瀬なんかに用はない」

「男でそんなこと言うの、俺とお前くらいだよ」

「一緒にしないでくれ。友人が検査入院してるらしいんだが、病院に着いてから一度も連絡がないんだ。なぜ会えないか聞いても、彼女らは要領を得ない」

「検査入院ねぇ。ちなみに、ご友人の名前は?」

「幡野万莉だ。昨日から入院しているはずなんだが」

「あー……分かった。ちょっと待っててくれ」

 小嶋は一言断りを入れ、その場から一度離れる。ポケットからスマホを取り出し、上林の番号をコールした。

『はい』

「何度もすみません。少し、面白いことが起こってまして」

『ほぉ、どんなことですか?』

「受付に被験者の幡野万莉の友人を名乗る男が来ていて、面会させろと言うんです」

『なるほど……ああ、良いことを思い付きました。通して大丈夫ですよ』

「……大部屋に?」

 小嶋は少し困惑した。きっと追い払うよう言われるか、外塚の話を聞くだけに留まると思っていたのだ。

 リベンジの影響について、一般人にどのようなことが起こっているのかは、今現在訴える症例が少な過ぎる。このデータを上林は必ず欲しがると、そこまでは小嶋も予想していた。

『ええ。その後で、カウンセリングの時に使った部屋へ案内してください』

 続いた言葉に、ああ、やはり、と安堵し、電話越しであるのに、小嶋は数度頷いた。

「分かりました。そのようにします」

『頼みますね』

 と、告げると、上林は問答無用で通話を終了させた。溜息を吐き、待たせていた外塚のもとへと戻り、笑顔で言った。

「許可が出たから、一緒に来てくれ。お前にも少し話を聞きたいそうだ」

 怪訝そうな顔をしたものの、外塚は「分かった」と頷いた。小嶋はそれに満足し、外塚に背中を向ける。

「こっちだ」

 と、そう言った小嶋が、外塚には妖狐に見えていた。これから化かされるのではないか、怪しいことに巻き込まれるのではないか、と。

 もう既に化かされているとは、この時外塚は微塵も考えもしなかった。

 それ程外塚の日常は緩やかに変化し、自然と馴染んだ、とも言えるのだが。

 一般病棟のある本館から段々と離れている、と外塚は気が付いた。それは、別棟に掲げられたパネルやプレートにある文字を見て、さらに強く認識することになる。

 どれを見ても、『臨床試験』と冠しているのだ。

 何が行われているというのだ、万莉は一体何に巻き込まれているのだ、と不安ばかりが募る。だが、少しずつ思い出す幡野との過去の些細なやりとりに彩りが加えられ、もっとずっと大切な存在へと変容している事にも気が付いていた。

 友人である、と今は言えるが、明日にはどうなっているか分からない。

 これが外塚の本音である。

 強く惹かれている、とかそんな表現はとうに過ぎていた。だが、過去に幡野に恋愛感情ではないと言ってしてしまったから、抑えられるうちはそのままにしよう、と決めたのだ。

「さぁ、この部屋だ」

 真っ白な壁にある真っ白な鉄の重い扉。

 それを前にして、小嶋は一度立ち止まり、外塚を見遣った。

 早くしろ、と言わんばかりの顔でいる外塚を見て、吠え面かかしてやる、と小嶋は意地悪く思うのだった。

 ドアを開け、小嶋は緩く上がったままの口角を引き締めもせず、大部屋へと足を踏み入れた。

 外塚は驚きながらも小嶋と同じように足を踏み入れる、が、まばらなテンポで鳴り響く心電図の音や、丁度急変したらしい患者の処置をする看護師の声に圧倒された。

「なんの、試験だ……これ」

 外塚は無意識に呟いていた。

 上林のもとへ辿り着いた小嶋は弧を描いた口元を隠しもせず、外塚に向き直り告げた。

「過去へ戻り、現実を作り変える試験——だ」

 小嶋の言葉を理解しようと、脳をフル回転させる。と、耳鳴りがした。

「お前も、素質あったんだけどなぁ」

 小嶋の声が遠くで聞こえた。

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