段々と深まる溝に気が付いた

 冬になった。

 あれから外塚くんとの時間が増えて、陰では付き合っているのでは、なんて囁かれているらしい。

 そんなことは一切なく、健全に、外塚はただ私の些細な変化に気が付いては、一人で嬉しそうにしていた。

「髪、伸びたね」

「うん。伸ばしてみようかなって思って」

「このくらいがいいんじゃない?」

 トン、と外塚くんの小指が鎖骨に当たる。柔らかい表情でいて、私を見上げている。

「そう?もう少し伸ばしてみたい」

「幡野さんの好きな長さにしたらいいよ」

 俺が口出しすることじゃない、と理想の彼氏のような言葉を言って、外塚くんは微笑む。

 周りのみんなは、その柔らかい雰囲気の外塚くんをギョッとした顔で見ていた。そこまで驚くことでもないのだけれど、みんなは見慣れていないから、どうしてもそんな顔になる、と口を揃えた。

 好も、同じことを思っているらしい。

「外塚くん、なんか苦手なんだよね。悪い人ではないんだと思うけど、なーんか……なんていうんだろう。多分、彼、私のこと嫌いだよ」

「そんなことないと思うよ」

 と、その時も言ったし、今も言える。それなのに、なぜか段々と好と話すことが少なくなっていた。

 時期的に遊びには行けないけれど、ゆっくりどちらかの家で勉強をしたり、お菓子作りをしたり、そんな時間を過ごしたかったのに。

 当時は、そうやって過ごしたのに、と寂しくなる。

 部活も引退して、やることもない。外塚くんももう美術室へ行くことはなければ、絵を描くこともなくなった。

 それでも、彼は私を『見守って』いるらしい。

「今日は塾?」

 外塚くんに問い掛けながら、次の授業の準備をする。彼は頷いて「そうだよ」と言った。

「頑張ってね」

「うん。…‥じゃあ、あとでね」

「うん」

 塾がある日、外塚くんは大急ぎで学校を後にする。そうなると、私はいつも通り一人になるから、好と一緒に帰るのだ。

 チャイムが鳴って、授業の始まりを知らせる。

 と、段々と意識が遠くなってきた。

 初めての感覚だけれど、なぜか一度経験したことのあるものに感じた。

 耐えきれず、目を閉じて机に顔を伏せる。

 スッ、と静かに眠りについた。

——どのくらいそうしていたのだろう。

 気が付いた時にはベッドの中にいた。

 どこのベッドだろう、と少し見渡してみると、隣のベッドとの間隔が近くて、すぐに保健室だと分かった。狭いベッドの上で寝返りを打つと、誰かが入ってきた。

 静かにカーテンを潜った先生が、優しく肩を叩いた。

「大丈夫ー?しんどくない?」

 コソコソ話をするような優しい声で問い掛けられる。

 顔を向けると、先生は茶色いパーマがかったボブヘアを耳に掛けながら答えを待っていた。

「大丈夫です。……どのくらい寝てましたか?」

「一時間くらいだよ。教室戻れそう?」

「はい」

 頷き、瞼を閉じる。と、細くて小さい、少し骨っぽい先生の手が、ふわりと頭を撫でてくれた。それが心地良くて、またふわふわとした心地になってくる。

 そんな私を置いて、先生はカーテンをくぐり、またデスクへと戻って行った。

 静かな保健室。息遣いは聞こえない。優しい先生と二人きりの空間は心地良いけれど、最近の悩みの種について聞こうか、少し迷う。

「先生」

 んー、と少し離れたところから返事が聞こえて、またゴム底から静かに床を踏みしめながら向かってくる。

「どうした?」

 柔らかい優しい声に甘えたくなる。お姉ちゃんより年上でお母さんよりも近い感覚。

「少し、お話ししたい」

 目を合わせないで話しても、怒らないでいてくれる。

「いいよ。誰もいないから、ここでいい?」

「うん」

 ちょっと待ってて、と言って、先生はパイプ椅子を出して、すぐそこに掛ける。準備が整うと、私の手を優しく包んで、どした、とまた聞いてくれる。

「最近、友達とうまくいってない気がするの」

「そうなの?仲良いのって、吉瀬さん?」

「そう。好と、最近話せる時あんまりなくて……」

「吉瀬さんが他の人と一緒にいるとか?」

「それはいつものことだけど、なんか、見付けたら声掛けてくれてたのに、あんまりなくて」

「そうなんだ」

うーん、と唸って、先生は少し困った顔をする。

「万莉からは?話し掛けないの?」

 問われて、頷く。いつもそうだったから、不思議に思うことはなく、純粋にしないでいただけだけど。

 そうか、なるほど。

「吉瀬さん、万莉に構ってほしいんじゃない?待ってるかもよ」

「……そうかな」

「そうだよ。でも、万莉も万莉で色々あると思うから、時間ある時チョンチョン、って呼んでみたらいいんじゃない?」

 先生の提案に、できるかな、と少しの不安を抱く。

 中身は二十七歳なのに、実際のところ何にも伴っていなくて、情けなく思った。

 だから——

「頑張ってみる。やってみる」

「うん。そうだ、がんばれ」

 優しいけれど、力強い声で背中を押してくれた先生に「ありがとう」と伝えて、微睡みに抗わず、再び眠りについた。

 途端、グンッ!と体を強く引かれる感覚がして、全身が風に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る