イレギュラーは前触れもなく

 丹内の言葉が予想外過ぎて、少しの間言葉を返せない。それでも、温かくなった胸の辺りはまだ熱くて、指先にまで巡ってきた。

「ま、なんかあったら言え。人に迷惑掛けんなよ」

「……うっす」

 答えた俺を見て、丹内は払うような仕草をし、席へ戻れ、と促した。

 くるりと踵を返し、促されるまま席へと戻る。クラスメイトの視線が集中していることに気が付いた。

 狭い町だ。おかしな事をすれば、瞬く間に広まるような田舎だ。若い人や子どもよりも年寄りの方が多い。

 変わっている奴は余計目立つし、ひとりでいる奴も目立つ。何人かで纏まっている方が目立ちづらくて、顔も朧になりやすい。

 俺はどう見られていたのだろう。

 登下校は田内や他の誰かに声を掛けられれば一緒にする程度で、基本はひとり。悪ガキではないにしても、制服は着崩すし寄り道もする。

 周りから見れば、きっと変わっているのは俺なのだ。

 自分のしたいようにしている、周りと合わせない俺は変わっている。田舎ではそうなってしまう。

 息苦しさは自分のせい。

 こんなこと、思いたくもなかったがそう結論付けるのが手っ取り早い。

 今までとは違う道を選ぶ。

 俺の場合、周りと足並みを揃えて、どこにでもいる田舎の子どもであることがそれにあたるだろう。

 いや、真面目に、品行方正な生徒としてやり直すのもアリだ。改心した俺をこの田舎の中学にいる教師の中に残し、一際優れた人になれるように努力する。

 今までの、自分の身の丈な合わない願望ばかりを内に秘めた俺ではなく、高望みと言われないような願望さえも、依田藤吾に相応しい、と周囲の人らに言われるような人に。

 野心に満ちている。だが、目標としては悪くない。いい人間になるだけなのだから。

 良い目標が出来た。田舎から出たい一心では、親父を黙らせたい一心では成し得ない目標だ。

 では、どうしたらそうなれるだろうか。

 考えてみたところで、所謂“イキり陰キャ”と呼ばれる類であった俺の中に、その答えはない。が、ふと高校で課せられていた課題を思い出す。どのくらいの頻度だったかは定かでないが、新書を読み、その感想文を書くという課題があった。

 新書、特にビジネスで成功を収めた人や、人格者と言われるような人のものを読んでみよう。少し前にニュースで見た、小さな国の大統領の発言に関するものなんかもいいかもしれない。名前は思い出せないが、本屋へ行けば見付けられるだろう。

 田舎の本屋だ。品揃えの保証はないけれど。

 漫画の品揃えはそこそこいいから、きっとなにかしらはあるはずだ。

 チャイムが鳴った。大きくて圧迫してくるような響きは威圧的だ。身体を小さくして耐えてしまえば、きっとクラスにも、この田舎町にも馴染めたのだろう。

 それのなんと難しいことか。

「依田、ちょ」

「なに?」

 田内に呼ばれ顔を向ける。教師に隠れてこっそりと携帯電話を持ってきていたらしいソイツは、メールを開いたまま俺へと差し出した。

「土曜さ、親父が函館に行きたい奴何人か纏めて連れてってくれるって。行くべ?」

「行きてぇけど、そんな何人も行けんの?」

「五人くらい?他行きたい奴いるー?」

「俺も行きたい!」

「依田と宮広みやひろと、他は?」

 田内は携帯電話を手元に戻すと、返信を打っているらしく、山程付いたストラップをカチャカチャと鳴らしながら、教室を見渡す。

「俺試合あるからパース」

「祭りの練習もあるしな」

「あー、そうだ。私もパース、塾もあるし」

 俺もパス、私も、と次々とクラスメイトが辞退する。そんな様子を見ていた一人の女子が、静かに手を挙げた。

「男子行かないなら、あたし行きたいな」

 明るい声で、物怖じせずに言う女子は大きな目を輝かせた。

「え、美歌はるかが行くんならウチも行きたい」

 それを聞いたもう一人の女子も手を挙げる。

 定員に一人達してはいないが、田内は「じゃ、決まりな!」とニコリと笑った。

「何時にどこ集合?」

「メールするわ!どこ行くかなー」

「服買いに行きたいな」

「俺靴買いたい」

「田内のお父さんはどの辺行くの?」

「知らん。けど、五稜郭で降ろしてくれるって言ってた。飯代くれるらしい」

「神じゃん!」

 盛り上がっているクラスメイト達は無邪気で、羨ましいと思った。

 今の俺も、過去の俺も、純粋に楽しみにしていられなかった。

 溜息を吐き、の教科書を開く。周りから聞こえるドラマの話も、目の前にある教科書の内容も、流行りのロックも、全部が懐かしい内容だ。

「あ、ねぇ、依田!」

「……え?」

 女子に話し掛けられた。

 その事実だけでも相当のことなのに、相手は勝気で勉強と顔はそこそこな、あの野村のむら美歌だ。

 これまでだって特に関わりはなかった。過去も現在も。

「な、なに?」

「そんな驚かないでよ。あとでちょっといい?すぐ終わる」

「え、あ……」

 勘違いするな。絶対に違う。俺には分かる。

 勘違いをすれば、痛い目を見るのは俺自身だ。

「分かった」

「よし、じゃあ、あとで」

 裏表のない野村のことだ。おかしなことではない。そういう雰囲気もない。

 逆に、今まで何もなかったというのに何か起こったら、おかしいだろ。

 ソワソワと落ち着きのない心地のままでいると教師が来て、授業が始まった。

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