晴れた靄の先にて憧れを見る

 反抗期の記憶はない。

 母に迷惑をかけないようにしてきたつもりだった。

 つもり、なだけで実際にそうでなかったことは心の奥底で分かっていて、それが無意識的にふと浮かび上がろうとしたって無視してきた。

 リベンジだ。

 文字通り、“過去の私”を私は書き換えなければならない。書き換えて、母が——母と私が幸せに暮らせる“現実”を手に入れる。

……なにが起こるかは、分からない。

 それでも、私の目的は定まった。とりあえず、母の負担を軽くするためにもっと協力的にならないと。

 懐かしい、中学までの道を歩きながら考えていると、変声期を迎えたばかりの男子の声や、恋バナに花を咲かせる女子の声がする。

 ああ、いいな。

 やっぱり、なんだかみんなキラキラしてる。

 過去に失ってしまった輝き……と、思いたいけれど、そうではない。

 当時も思ったことだ。キラキラしてていいな、ああなりたい。仲間に入りたい。でも、私なんか……

 恐ろしい呪いの言葉だと、今は知っている。

 私なんか、と思ってはいけない。私だって、と思うべき。そう誰かが言っていた。誰だったろう。思い出せない。けれど、みんな自分の人生の主人公なんだから!……と、声高に叫ぶ人は大人になってから出会う人の中でも割といた。

 その人たちは、確かにみんなキラキラしていた。

 自信があるからなのか、それとも努力をしているからなのか。キラキラとしていて眩しくて、褒め言葉になんの含みも躊躇いもなく「ありがとう!」と言えてしまう。

 そんな人達が心の底から羨ましい。

 路肩に停まっている車の横を通った時、薄暗い窓に反射した自分の顔をつい見てしまった。

 一瞬の光景が目に焼き付く。

 子どもらしいと言えばそう思える丸い頬。厚く眉の少し下で切り揃えられた前髪と、低い鼻。お世辞にも大きいとは言えない目は自信なさげだ。際立った美人ではない。それが分かっていたから、ずっと身の丈に合った選択をしてきたと思う。

 なんのために?

 声が降ってきたようだった。

 それと同時に今まで靄がかかったようにはっきりとしていなかった、ひっそりと隠れていた自尊心のようなものが顔を出した。

 同じ中学に通う子ども達——とは言っても、今は私も同じ年頃だ——をチラリと見てみる。

 あれ、みんな、大差なくない……?

 キラキラしている子達は、みんなかわいくてだからキラキラしているのだと思っていた。

 それなのに、どうだろう。子どもだからなのだろうか。どこか垢抜けなくて、顔のパーツもチグハグで、整っている子は確かにそこそこ整っているけれど。捻くれていると言われてもなんでもいい。

 みんな、そんなにかわいくない。

 私、誰のために我慢していたんだろう。誰と比べて「私にはこのくらいが……」なんて思っていたんだろう。努力をしなかったからパッとしないだけ。周りと比べてしまったから幸せじゃなかっただけ。

 今からでも、いや、今からだからこそ、やりようがある。

 いきなり変わったら、きっと目を付けられる。高校は少しがんばって、同じ中学の人達があまり受けないところにしよう。少しずつ自分のために頑張ろう。

 段々と足取りがふわりふわりと軽くなるように感じて、怖かったはずの派手な子達がなんでもないようにも感じられて、自然と背筋が伸びていく。下を向いていたっていいことはない。私はそれを知っている。今までずっとそうだった。

「あ、万莉!」

 名前を呼ばれてハッとした。

 ついさっきまで、ものすごく失礼なことを考えていたのだと反省する。

 彼女の声には不思議とそう思わせる力がある。

 軽やかに、けれど重たそうなバッグの音を響かせながら、その子は私に近付いて、隣に立った。

「おはよ、珍しいね。寝坊?」

「おはよ、少しだけね。好も?」

「そう。やんなっちゃうよ」

 私より頭一つ分背が高い好は、小学校が一緒だった親友だ。優しい彼女のファンは男女問わず多く、モテていた。とはいえ、高校は違うところを選んでしまったし、正直好の親友には私は不釣り合いだったらしく、交流はそれっきりだ。

 隣にいる彼女を見てハッとした。

 あ、好は美人だな。やっぱりかわいいや。今はどんなふうになってるんだろう。すっごい美人なんだろうな。

「間に合うかな?」

 なんでもない顔をしている好は周りの様子を窺い、首を振る。

「大丈夫だと思うよ?走る?」

「好は足速いからなー」

 冗談めかして言えば好は苦笑した。楽しそうな苦笑で、私も釣られて笑っていた。

「そんなことないよ」

 行こ、と微笑んで私の手を握った好は軽やかに笑顔で足を運ぶ。

 遅れまいと足を動かす私は不恰好だ。けれど、この歳なら、まだ中学生だから許される。

 ああ、好みたいになりたいな。明るくて、優しくて、まぁ私は見た目の努力は必要だけれど、好みたいな人になりたいな。

 あの頃も、そう思っていたっけ。どうだったろう。

 好に手を引かれるまま校舎までの道程を駆ける。なんてことはない。たった二、三分の距離だ。余裕がある。それでも、好に任せて駆けていく。

 うわぁ、過去に来て早々、とんでもない青春の一ページだ。すっごい目立ってる!

 と、頭の片隅で呟いた。

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