第6話 約束された……

 舞華は能力を発動し、川の流れを操作する。

 彼女の技、水流零は水を生み出すだけでなく、水そのものを操る事が出来るのだ。

 時間が停止した世界の中、子供と正継を岸へとあげる。

 二人が呼吸しているのを確認すると、舞華は変身と共に時間停止を解除した。


「正継さん!」


 慌てて駆け寄る舞華の声に、彼が小さく声を漏らしたのが聞こえた。降りしきる雨の中、安堵する舞華の内側で……英雄が笑っているように感じられた。

 ――良くぞ正義を為した! このまま貫け!

 そう、妄執の念が一層強くなったのだ。


(あぁ……お爺様……。正義とは人助けの事なのですか? それとも……?)


 周囲に人が集まって来た。だが、舞華は……今更になって、英雄の妄執に恐怖を覚え震えていた。


 ****


「正継さん……」


 それから。

 一命を取り留めた子供と正継は、検査のため入院する事となった。家族以外は面会できないためと、舞華自身が自己嫌悪に苛まれており合いに行く気になれなかった。

 病院の入り口近くまで来ては引き返す。そんなの無意味と知りながら、足を運んでしまう。惨めだと、舞華は思った。


「貴女、いつもここに来ていらっしゃるわね? お見舞いでして?」


 気付けば、三十代半ばの女性が近くにおり、声をかけられている事に気づいて、舞華は慌ててその場を立ち去ろうとする。だが、女性の一言で足を止めた。


「もしかして、舞華さんかしら?」


「な……私の事……? 正継さんの?」


「えぇ! えぇ! 正継がお世話になっているわ! 母です! 嬉しいわぁ! ようやくお会いできて!」


 嬉しそうに笑う正継の母からは敵意も悪意も感じなかった。ただただ、息子の恋人に会えた事への喜びだけがあるようだった。


「あの子、口下手な上に一途でねぇ? お見合いにすら乗り気じゃなくて、お相手探しがね? でも、貴女に会ってからはもう! 信じられないくらい毎日身だしなみは気にするわ、貴女の話ばかりするわで。ずっとどんな方か知りたかったの! こんなに、愛らしい子でしたのね!」


「ありがとう……ございます。あ、の。正式にご挨拶できず大変申し訳ございません。私が桜川舞華と申します。仰る通り、正継さんとお付き合いさせて、その……」


 言葉に詰まる。何せ、自分は普通じゃない。謎の力に祖父の妄執を宿している女なんて、この世に自分以外いるわけがない。


(私は……正継さんに、ふさわしくない……)


 だが、無情にも……舞華の悲しみに誰も気づく事なく、話は既に勝手に進んでいた。


「いいのよ、気にしないで! 私も先程、貴女のお宅にお邪魔させて頂いて……正式にお見合いをね? させて頂ける事になってついつい……年甲斐もなくはしゃいでしまいましたわ!」


「え……?」


 困惑する舞華に、正継の母は心から嬉しそうにな言葉を告げた。


「正継をこれからよろしくお願いしますね? 私の事は第二の母と思って下さいな?」


 ――この時代。

 まだまだ女は結婚するのが当たり前の時代の中、この言葉はもはや決定事項のようなものだ。正継と結婚するという……確定された未来。

 本来なら喜ぶところだが、舞華にとっては憂いが……嫌な確信があった。


(お爺様の妄執は……きっと、未来に引き継がれる……。あぁ……この苦しみを後世に残してしまう……ごめんなさい……ごめんなさい!)


 気付けば舞華は涙を流し、その場にしゃがみこんでいた。正継の母が抱きしめてきたが、その温もりが余計に辛かった。

 約束された愛しい人との婚姻と、後世に妄執の念を継がせてしまう未来。

 その事実に胸が張り裂けそうだった――。

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