第二部 月時雨

第1話 受け継ぎし者

 昭和後期。

 女性の活躍を目指し始めつつも、まだまだ男尊女卑が根強い時代。

 戦後の傷がまだ癒えず、それでもこれからに希望を抱いた時代。

 そんな激流とも言える時代に彼女は生まれた。

 想いを、引き継いで――。


 ****


舞華まいか。これ、お父さんに持っていてくれる?」


「わかったわ、お母さん」


 白いブラウスに、モスグリーンのワンピースを身に着けた少女、桜川さくらがわ舞華は朝食を父の元へと持っていく。

 いつもと変わらない休日だが、だからこそほんの少しのオシャレを楽しむ。

 幸いにも、父である幸正ゆきまさはこの時代においては比較的寛大な父なのだ。


(きっと、お爺様が早くに亡くなられて……お婆様が大変苦労されたのを知っているからなのでしょうね)


 そんな事を思いつつ、舞華は食卓に朝食を持っていく。

 まだまだ贅沢等できないため、簡素な麦飯に沢庵だ。

 もっとも、父が朝食を軽めに摂りたがる性質なのもあるが。


「お父さん、朝ごはんです」


「舞華か。置いといてくれ」


「はい」


 短い会話を終えると、舞華は食卓を一度離れようとして……ちょうど二人分の朝食を持ってきてくれた母、涙子るいこと遭遇したため、引き返して食卓に戻る。

 三人が揃い、着席したのを確認してから、父が口を開いた。


「では、頂きます」


 恒例の挨拶をして、父が最初に食べ出したのを確認してから、母、次に舞華の順に食事を始めた。

 一般的なこの時代の風景。

 だが……一つだけ、舞華には違う所があった。

 それは……。


 ****


「では、外出してきます。門限までには必ず戻りますので」


 そう告げて、舞華は家を出る。

 今日、女学校が休みのため近くの公園で本を読もうと思うに至ったのだ。

 ゆっくりと道を歩きながら、目的地まで向かう。

 その道中だった。


(あら? あのお花、お水不足かしら?)


 そこには小さな花が今にもしおれそうになっていた。ここの所、雨が降らなかったのが要因だろう。

 舞華は少し悩んだ末、静かに呟いた。


昇華顕現しょうかけんげん。空間固定、無畏むいゆめ。我が能力、月時雨つきしぐれ発動確認。水流零すいりゅうれい


 舞華の姿が変わる。

 薄い水色を基調としたに黄色の布を纏い、顔には仮面を宿した姿へと。

 そして、時間を止める力を発動させてから、両手を合わせて水を出し、花へ注ぐ。


(これくらいの量でいいわね?)


 適量と確認した後、舞華は変身と同時に時間停止を解除する。

 そして、何事もなかったかのように道を歩き始めた。


 彼女の名を、桜川舞華――桜川英雄の孫娘にして、力の継承者だ。

 もっとも、この事実を知る者は、今のところ誰もいない。

 なにせ、覚醒したのが……十五歳になってからだからだ――。

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