第6話 変わるモノ

英雄ひでおさん、そろそろ良い頃合いなんじゃないかしら?」


 ある日の休日。

 いつも通り、を遂行しようと出かける支度を整え、玄関先まで来た時だった。

 下宿先の女将に声をかけられ、首を傾げる彼に対し、しびれを切らしたように告げた。


「イトさんの事よ」


「なっ!? いきなりなんだって、そんな話を……!」


 戸惑いの声を上げれば、女将は微笑みながら話を続ける。


「見ていて、早く祝言を上げてほしいと思っているのよ? 私もウチの旦那も。だって……英雄さん、イトさんの事が大好きじゃない!」


 図星を突かれて、英雄は顔を赤くすると同時に、イトの姿を想い浮かべる。

 艶やかな黒髪を束ね赤い着物を着て、微笑めば、花のように愛らしく可憐な彼女。


(確かに……好きだ。だが……)


 ここまで言われても躊躇する英雄を見て、女将が再度口を開こうとした時だった。


「あの……」


 声のした方へ二人して視線を向ければ、そこには頬を真っ赤に染め、目を潤ませたイトがた。


「い、イトさん!?」


 驚き、慌てふためく英雄に、熱い視線を送るイト。その瞳を見て……今まで必死に抑えていた感情が溢れて来た。


(あぁ……)

 

「好きだ……」

 

 気付けば口に出していた想いは、完璧にイトへ届いてしまった。彼女は、涙をこぼして微笑み、英雄をまっすぐと見つめていた。


「だん、な……いえ、英雄さん。イトも……同じ気持ちでございます」


 そこまで言われて……答えないのは英雄の主義に反していた。覚悟を決め、彼女に向かって言葉を紡ぐ。


「イトさん……共に生きよう。私と夫婦になっておくれ」


 無言で頷き同意の意志を示しながら、嬉しさの涙を流すイトと、頬をかきながら照れ臭そうにする英雄。

 そんな二人を、女将が祝福し……ささやかな婚姻の儀が、執り行われる事になった。

 ――速やかに。


 ****

 

 それから。

 人が良過ぎる上に、面倒見まで良い下宿先の夫婦の厚意により、二人は敷地内にある物置小屋を改築してもらい、そこに住まわせてもらうことになった。

 元々、この小屋は人へ貸出用の住居だったこともあり、住み心地の良い家へと変わった。

 

「しかし、本当に良いのですか? 女将さん。ここまでして頂くのは……」


 英雄が申し訳なさそうに、女将に声をかければ彼女は首を横に振り、優しく微笑んだ。


「何言ってるのよ~! 英雄さんも、イトさんも、私達からしたらもう立派な家族よ! 気にしないで頂戴」


(女将達には子がいないのであったな……。だからこそ、もありそうだし……ここは甘えさせてもらうとしよう)


 こうして、夫婦となった英雄とイトは新たな生活を始めることになった。

 変わっていないようで、変わった関係性を嚙み締めながら。

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