第4話 現創ノ築キ

「おい! まだこの白仮面について、何もなんの情報も得られていないのか!」


 編集長の怒号が響く。

 あの日。

 政治家を救った不可思議な人物に、世間の注目は集まった。

 突然現れ、政治家の命を救い去って行ったその姿は正しく英雄えいゆうそのものであり、人々を歓喜させた。

 故に、各新聞社もかの人物の足跡、正体を探るのが目的となっていた。

 そんな最中、一人だけ違う目をしているのが……英雄ひでおだった。

 彼は一心不乱に手帳に書き込み、取材と称してどこかへと一人で行くことが多くなった。

 最初は編集長も咎めていたが、彼のどこか狂気すら感じられる瞳にされ、なにも言えなくなってしまっている。それは、他の同僚達も同じであり、誰も最近の英雄に声をかけられないでいる。


「……なぁおい。あいつ……桜川さくらがわ、最近どうしちまったってんだ?」


「俺が知るかよ。噂といっちゃあ、くらいだろ?」


「あぁ、ついに手ぇ出しちまったか? やくに溺れちゃあ、お終いだぜ。くわばらくわばら」


 同僚達の根も葉もない噂話に、当の本人はどこ吹く風だ。


「取材……行ってきます」


 静かにだが通る声で英雄は宣言すると、職場を出ていく。

 ――咎める者は誰もいなかった。


 ****

 

(この辺りか?)


 英雄がやって来たのは、森の中。

 晴れた昼時ではある。だが、生い茂った木々に獣道……とても人が歩く場所ではない所を彼は歩いていた。

 あの例の姿で。

 人々が英雄視えいゆうしし始めたあの姿になった英雄の心を支配するのは、自尊心と高揚感。


(この付近のダムから最近異音がすると言う話だが……どうやらその通りらしい)


 確かに、通常とは違う音が混じっているのがわかる。他人からはなんの音かわからないだろうが……


「なるほど。これは……ダムの亀裂の音か!」


 気付いた英雄は、変身したまま宙を飛んだ。首の赤い布がなびく。


(ふむ。この辺りか)


 亀裂のもとへ近寄ると、英雄は空間を固定し止め、想像する。


(これには……こうだな)


空想顕現くうそうけんげん……現創げんそうきずキ」


 英雄の想像通りに、ダムの亀裂が修復されていく。まるで、最初からなかったかのようになったのを見て、満足そうに英雄は仮面の下で口元を歪ませる。

 時間停止を解除して、地面に着地した時だった。


 ――目の前に若い娘が落下して来たのだ。


 慌てて英雄は彼女を抱きとめる。汚れた姿に縄で縛られ、至る所に痣がある彼女を見て、英雄の心の中の何かに火が付いた。


(この娘を……私の傍に置こう。そうして……)


 どこか薄暗く、それでいて曇りのない瞳が不気味だが、誰もそれに気づくことはなかった。

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