vermilion
それは痛むほどの寒さの中で、アパートのごみ捨て場に横たわっていた。燃えるように赤い肌を していた。「助けて」と動かしたようにみえた口の中さえ、人間よりも鮮やかに赤い。わたしは幸 い一人暮らしだったので、少しも迷わずそれの手を引いて錆びた階段を上った。てのひらが焼ける かもしれないと思っていたけれど、それはおよそ三十六度のあたたかさでわたしの指を握った。
「ご飯だよ、食べ物、フード」
困ったことに、言い方や言語を変えても、それに言葉は通じなかった。そして、それが発する言 葉も、わたしには理解できない。ごみ捨て場で助けを求めたように聞こえたのは、わたしの聞き間 違いだったということになる。連れ込んだのはまずかっただろうか。少し不安になった。
卓袱台に並べたあり合わせの白米や、閉店前のスーパーで買った半額の唐揚げとほうれん草の和 え物を、それはじっと見つめている。十分待っても食べなければわたしがいただこうと決めて、ス マートフォンでツイッターを開いた。学生時代の友人や、ネット上だけの付き合いの人々が、いつ もと変わらない日々と自己顕示欲を垂れ流している。おまえらが昨日と同じように過ごしている今、 わたしは人間の子供の姿をして、猪じみた縞模様を持つ真っ赤な生き物を拾ったぞ。だけど教えて はやらない。わたしの日々は見世物でも他人の暇潰しでもないから。 文字を追うのに飽きて箸を持つ。唐揚げを口に運んだところで、赤い手が動いた。わたしの様子 を見て、並んだ品々を食べ物だと認識したらしい。
「おまえ、名前はなんていうの」
わたしの言葉は伝わらない。伝わらないが、なにかかっこいい名前をつけてやりたいと思った。 唐揚げをかじる。おまえの一番印象的なところ。白米をかき込む。目の覚めるような赤。ほうれん 草を噛む。赤というより、炎を思わせる朱。
「ヴァーミリオン」
ヴァーミリオンが、私を見る。
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