HEAD TRIP

 毎朝五時、僕の脳は青の星から信号を受信する。pi,pi,piという細く高い電子音は、一定の間隔で響き、ずっと消えることはない。次第にそれは生き物の声となり、いびつな音程で「ハロー」と僕に挨拶をする。

「ハロー、ケンジ。聞こえますか」

「聞こえるよ、うるさいな」

 僕は白いベッドから抜け出して、冷えたリノリウムの床に足を下ろす。窓辺に寄って、カーテンを少し開けた。冬の夜明けは遅い。ぼんやりとした闇の中、木々が立ち並んでいる。あれはイチョウだ。イチョウ並木が見える。

 通信はきっちり十分間続き、毎日繰り返される。始まったのはおそらく三週間くらい前からで、僕は頭がおかしくなってしまったのだと絶望した。だから、青の星というどこだか分からない惑星に住むエラーという存在について、誰にも話したことがない。だって、きっとそんなものは存在しないし、僕は異常だと思われたくない。今、これが僕の妄想だろうと認識しているのだから、まだ救いはあるだろう。多くは望まない。「君は助かるよ」と言ってほしいだけだ。

 エラーは必ずハローと挨拶をした後、星の天候や気温について報告する。時々、エラーの音声がひどく乱れて不気味な音が脳を揺するのが、とても不快だった。けれど、僕が何も話さなくて住むのなら、不協和音を永遠に聞いていてるほうがずっとましだ。しかしエラーはそれを許さない。

「それではケンジ、二月六日について話してください」

「勘弁してくれ。もう二十回は話したぞ」

 二月六日。今から四週間前だ。僕がその日何をしていたか、エラーは執拗に知りたがる。

 青の星は崩壊寸前らしかった。僕がいるこの星の時間でいう二月六日に、青の星を満たす溶液が荒れ狂い、陸地を飲み込んでほとんど何も残らなかったという。そしてエラーは、青の星の危機は僕が原因だと言うのだ。馬鹿げている。そもそもお前は、本当は存在さえしていないんだろうに。

「本当のことを話してくれないと困ります」

 私たちは助かりたい。

 その音声だけが、やたらとはっきり聞こえた。ふざけるな、助かりたいのは僕の方だ。

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