融和する生死
二ヶ月で二十三回、死を体験した。
初めてそれを試した時、俺は後悔に苛まれてみっともなく泣いていた。死因とは、死の自覚とは、あの世への切符みたいなものだ。俺は持って生まれた性質を活かして、死の記憶を封じてしまった霊と体を繋げ、死を追体験させる。すると、彼らは大抵静かに泣いて消えた。
今日の霊は二十代後半の女だ。彼女の顔が俺の顔にめり込んで、脳が痺れるような感覚に襲われる。互いの脳を丁寧に結び合わせるようなイメージで、繋ぎ、潜り込み、体験した死を探す。初めての時に比べれば、ずいぶんと上手くなったと思う。それでも恐怖は薄れない。
背中を押されるような感覚があった。誰かがぶつかったのかもしれない。瞬間、目の前には地下鉄の線路があり、俺の体は浮遊する。重力に引かれ、振り返ることもできず、腹の底が浮ついた。視界の左側から、トンネルの暗闇を貫くライトが迫り、そうして彼女は車体に接触した。衝撃と悲鳴が体中を駆け抜けて、意識も散り散りになる。どっと冷や汗が噴き出して、俺と女は引き離された。恐怖と絶望から悲壮な顔をした女は、ベッドの端にへたりこみ、俺を見ている。
「頼んでおいてこんなこと言うのは失礼だけど、あなた、正気じゃない」
わかっている。だってこれは全て練習なんだ。何人もの死を利用して、俺はあいつに立ち向かう準備をしている。
女の霊を見送った後、水を飲みに台所に向かった。指先が震えてグラスを取り落とした。けれどそれは床で砕け散ることなく、空中で静止する。「危ないなあ」と足元から声がして、見ると床にしゃがみこんだ学生が、両手でグラスを受け止めている。
「廣瀬、いつになったら俺の死因見てくれるんだよ」
部屋の壁にかけてある制服と同じ、襟に橙のラインが入ったブレザーを着た男子学生はそう言って、グラスを差し出した。
牧野啓。二ヶ月前に死んだ、俺の親友だ。
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