Joshua
彼の名前はジョシュア、この学園で飼われている吸血鬼だ。うなじを滑り落ちる柔らかな黒髪や、ちらちらと覗く白い牙、燃えるような瞳の強烈さに身動きが取れなくなったのは、初めて血液を提供した五年生の時だった。
長年放置され、天然の植物園のようになった旧校舎の音楽室には、葡萄色のカーテンが引かれ、古びたグランドピアノと簡素なベッドが置かれている。色褪せたシーツの上に力なく横たわる彼は、私を一瞥して「名前は?」と聞いた。
「七年の春。春智香」
二年前と同じように名乗る。あれから私は八センチも背が伸び、腰まであった髪を肩口で切った。そうでなくとも毎日入れ替わり立ち替わり、担当の生徒が訪れては血液を差し出すのだから、忘れられて当然だった。
「それじゃあハル、ぼくに血を寄越せ」
彼がゆっくりと体を起こすのを合図に、私は鞄から輸血パックを取り出す。ビニールの中で揺れるのは、十五分前に採取された私の血液だ。人間の私にも、とても空腹を満たせるような量ではないとわかるほど、それは少ない。私たち子供からは大量に採血できないということと、学園にとって大事な彼を適度に弱らせたまま生かしておくために、食事は制限される。
餌につられる犬のように、吸血鬼はふらりとベッドから降りた。重い金属の音が響く。鎖だ。彼のむき出しの細い足首と黒いピアノを繋ぐ鎖が、舞い込んだ枯葉や、日陰でも健気に育つ植物たちを轢く。移動できるのは広い音楽室の半分ほどで、ピアノの脇に設置されたベッドから私の元までは届かない。鎖が張り詰めて、赤い目が私を射抜く。
床板の上を滑らせた輸血パックをジョシュアの細い指が掴み上げ、乱暴にビニールの角を食い千切る。漏れ出す血液が、伸ばされた舌に乗って体内に運ばれてゆく。
およそ三百年生きているというこの美しい吸血鬼の命を、たった十三年生きただけの私が、繋いでいる。それはとてつもない快楽だった。
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