あなたのイメージでSSを書く
古海うろこ
白の国
青空を見たことがない。両親も、祖父母も、曾祖父母も同じだ。
私の住むヴァイオラの空気は、一年中白く霞んでいる。かつて街と呼ばれたこの小さな国の境には、十三の送風機がぐるりと円を描くように建ち、それらが産む風に乗り、病を殺すための薬が国の内外に降り注いでいるからだ。そのため、私たちは社会の教科書に載っていた写真でしか青空を知らない。
朝、両親と挨拶をかわし、愛犬を撫で、傘を差して家を出る。毎日それの繰り返しだ。清涼な薬のにおいが、装着したプラスチックのマスクにあいた空気孔から侵入する。人間に害はないと言われていても、視界を霞ませるほどの薬に怯えるのは当然のことだった。それでも、ばけものになって死ぬよりはずっと良い。
いつもと同じ時刻のバスに乗って「第七送風機前」で降りれば、白い塀で囲われた敷地に、巨大な送風機が建っているのが見えた。ごうごうと音をたてて、五枚の大きな羽根が回転している。守衛に声をかけてから中に入る。この第七送風機が、私の職場だ。
送風機の足元には鉄の扉がある。羽根へ薬を届けるパイプが血管のように壁の内側を走り、そこには緊急時のために通路も確保されているので、胴体に入ると見かけよりも狭い。鼓動するポンプが薬を押し上げ、呼吸と共に吐き出される。生物じみた十三の送風機が、この国を生かしている。
夜勤の職員から引き継ぎを受けて、私はガラス張りの部屋の中、調整台の前に座った。赤や白や黒のつまみは、音楽が禁止される前の時代で使われていた、ミキサーというものを改造したと先輩から聞いた。このつまみで、薬の量や風向き、風量を細かく調整する。とても大事な仕事だ。
夕日が落ちる頃、私は必ず送風機の上に向かう。私は現実をなかったことにしたくない。内部の階段を登りきると、羽根の下に出る。風圧で髪が踊り、薬のにおいはいっそうきつくなった。
国の外に目を向ける。白い空気を押しのけるように射し込む赤い光が、割れたアスファルトを照らしていた。その光の向こうで、内臓をこぼしながら呻き、血肉を食らうばけものの姿を、私は、見る。
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