『菜の花と紫陽花』
今この小説を読んでいる君へ。
君に伝えていなかったことが山ほどあるんだ。
神社で君と話した時、密かに憧れを抱いていた人と偶然出くわした上に、小説を書いているという秘密を知られて、とても焦っていたこと。
君と初めて出かけた日、本当は凄く楽しみだったから、予定時間よりも早く着いてしまったこと。
君と夕陽を見た帰り道、このまま時が止まってしまえばいいのに、と本気で願ったこと。
君が夢を語った日、その日は泣く君を初めて見たり君が変な冗談を言ったりと、色々な事があり過ぎて、僕は眠れない夜を過ごしたこと。
君が癌だったと知った夜、あの時に君に何も言って上げられなかったのが後悔でしかなくて、君のことが心配で、この歳にもなって声を上げて泣いたこと。
こんなことを今さら書いて、君が信じてくれるかは分からないけど、全て本当の事なんだ。
君はきっと僕が写真を消してもらうために仕方なく君と一緒の時間を過ごして、嫌々で君の小説を書いているんだろうと思っているかもしれないけど、本当は全然そうじゃなかった。
君と過ごした時間は僕にとって特別で、君の小説を書いている時間は楽しくって仕方がなかった。
君の小説を『夕焼けと共に』から書かなくなったから、君は多分これも嘘だと思うかもしれないけど……でもそれには理由があって、小説を書き終えてしまえば僕たちの関係も終わってしまうかもしれなくて……それが怖かったから、僕は君の小説が書けなくなったんだ。
だけど、僕は今、こうして君の小説を書いている。
君と神社で指切りをして約束をしたから、その約束を守るために、僕はちゃんとこの小説を終わらせる。
結末はどうしようかってずっと悩んでいた。
悩んで、悩んで、悩み抜いた末に――やっぱり最後は、君が読み終わった後に、笑っていて欲しいと思ったから、僕は君に言いたかったことを伝えて、この小説を締めます。
君がこれで笑ってくれるかは正直分からない。
ただの自分の自己満足かもしれない。
ここまで読んだ君なら、とっくの前から僕の気持ちに気付いているかもしれない。
それでも僕は誤魔化さずにちゃんと伝える。
君は名前通り、騒がしくて、眩しくて、温かくて、優しくて――僕はそんな君のことが――菜花 旭が好きだ。
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