月を隠して懐に

 シュエンと出会ったのは肌寒い秋の夜更けだった。その日は野宿で、私は山の中にいた。りんりんと涼やかに響いていた虫の音が止み、焚き火のそばで眠る私に黒い影が被さる。恐怖よりも、食い物を置いていけ、と唸った影の傷だらけの体に目がいき、薬と食料を与えたのがはじまりだ。

「呪いだよ、月の者を殺してからずっとこうだ」

 シュエンは五十年前に幕を閉じた地月戦の生き残りだった。月光に晒されると皮膚が焼けるように爛れ、次第に煙をあげて黒い獣毛へ変化する。狼とも熊ともつかない異形の獣から戻るためには、日の光を浴びる。

 獣に転じるようになってから、ずっと山で暮らしてきたという。それが共に旅をするようになったのは、私が呪いをかじった薬師だからだ。宿で麻の窓掛けを降ろし、シュエンから月を隠して懐に忍ばせていた薬袋を取り出す。複雑に調合したそれを湯に溶かして飲ませてやると、シュエンは多少夜空の下を出歩いても人でいられた。

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もらった一文でSSを書く#2 古海うろこ @urumiuroko

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