気のせいならよかったのに

 バンドを辞めた、と帰ってきた初谷が言った。ひぐらしが鳴き、古びた狭いベランダで下着が揺れている。二人で選んだ黄色いカーテン。風はぬるい。

「気のせいならよかったのに、君といると私はどんどん変わっていく」

 幸せになっていく。初谷が俯いたので抱きしめてやる。家を出るときに持っていたギターは売ったのだろうか。肩のあたりがじわりと濡れていく。

「音楽が私の全部だったのに、今は君とくだらないことしてる時の方が満たされてる。でも、音楽が君に変わっただけで、私はただ、誰かに見てほしかっただけなんじゃないかと、思う」

「別にいいじゃん。わたしはギターの代わりでもいいよ」

「私が嫌なの。だから」

 だから辞めた。誰かじゃなく、君に見ていてほしいんだって自信が持てた日にはギターを買って。プロポーズじみた言葉を告げた初谷の目がいやに真剣で、笑った。

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