第3話


 さすがアドレー隊長、風ジャンプうますぎ。


 なんで森の中を木を避けながらジャンプを刻めるのよ。


 もうっ、森に入ってたっから、すぐに見失ってしまったじゃないっ。


 ……私もまだまだね。


 異世界人の船の場所は、火のうるさい音でどこかは分かる。急がないと。


 ……と、マイルはどこ?


 首を振り、辺りを見渡してみる。


 ……いない。


 大丈夫かしら?


 またなの? あの人、きっとドジってる……。


 着地し、


 ……うんと、さっきあっちらへんにいたから……


 辺りを探る。


 ……あっちかな?


 私は引き返して、マイルを探し始めた。


 20秒だけ探して見つからなかったら、ほっとこ。


 3回目のジャンプ時、かすかに黒いものが視界の右端に見えた。


 あの森の中にあるの、マイルのローブよね。


 すぐに見つかって良かった、さっすが私っ。


 着地し、マイルの居る右方向にジャンプ。


 喜んでいた私は、すぐに異変に気付く。


 ……倒れてる?


「マイル!」


 うつ伏せに倒れているマイルの傍らに着地し、


「マイル! どうしたの? 返事して」


 マイルの目が、ギョロリと動いて私を見上げる。


 私は、驚いて顔が引きつってしまった。


 顔が……黒く焼けただれている……


「何があったの……マイル」


 いつも趣味の詩会をしていて、男のくせに、色白でヒョロヒョロ、でも熱意が尊敬できる人だった。


 守る価値なんてあんのかね、と隊長が言った時、間髪入れず、あります、と答えた、その凛々しい姿が……思い出される。


 ついさっきの事だ。


 でも、今、マイルは……。


 マイルの手がビクッと動いた。


 うめき声を上げる。


「どうしたんですか? 一体、何が、あったんですか?」


 私は、震えながらマイルを見つめ、声を掛けた。


「襲わ、れた……」


 マイルがただれた口を小さく開く。


「え? 襲われたって、どういうことですか?」

「アドレー……隊長、に……」


 しゃべるたびに、唇の回りの炭化した皮膚が裂け、赤い肉が覗いた。


「隊長……隊長がしたの?」

「そう……気を付けて、アドレー……隊長にいきなり、僕……っ、ヴォッ、ゴホッ、アアッ!」

 

 マイルが急に痙攣しだす。


「マイル!」

「アアッ! アァァアッ、ゴボォッ! 」


 口の中から、ピンク色の泡が漏れ出してきた。


 それからすぐに、マイルは動かなくなった。


「……マイル?」


 なにこれ。


 マイルが白目をむいている。


「マイル? マイル! マイル!」


 私は力強く名前を呼んだ。


 しゃがみ込み、肩を掴みゆする。


「しっかりして!」


 体を持ち、仰向けにさせた。


「キャアアァッ!」


 私はおみわず、驚いて叫んでしまう。


 ローブの下の、マイルの上半身は焼けただれていた。


 体を掴んだ私の指が、炭化した皮膚を突き破って沈む。


 下着がボロボロと落ちる。


「ああ……そんなっ、マイル……」


 私の指には、湿った赤と黒の肉片がついていた。


「うっ……」


 吐きそうになるのを堪え、あたりの葉っぱで指を綺麗にする。


「はぁ……ふぅ……はぁ……」


 意識的に、呼吸をゆっくり行い、落ち着かせた。


 ……アドレー隊長が……。


 ……本当に隊長がマイルを殺したの?


 でも、なぜ?


 ……わからない。理由が思いつかない。


 でも、マイルは、言った。


 アドレー隊長が殺したって。


 ……。


 異世界人の船の轟音は、相変わらず聞こえてきている。


 ……行かなくちゃ。


 私はマイルを振り返り見た。


 隊長も……向かっているはず……よね……。いえ、そうでなくても……。


 杖を振り、ジャンプ。


 道に戻り、船の場所まで目指す。


 さっきの分かれ道を右に行き、すぐの所で鉄の図体が木々の合間に見えた。


 ……空中で止まってる……何かが、そこにあるの?


 ジャンプをやめ、あたりを注意しながら進んでいく。


 ……10年前、一度、異世界には修学目的での学習旅行で来た事があった。


 その時も、こうして、そろそろと小川の横を歩いたっけ。


 初めての異世界で、怖くて。ずっと父にしがみついてた。


 それで、あの時、翼を持ったモンスターが2匹水面に浮いていて、初めて見る生き物に夢中になった。


 小さくて、とても可愛らしいモンスターで、2羽で浮いて、あれは夫婦になると一生添い遂げるのだと、父に聞かされた。


 水の中には私達の世界と同じ形をした、水中に住むモンスターが泳いでいて、きれいだった。


 しかし、今日のこの川には、モンスターはいない。


 水面には様々なごみが浮かんでいた。


 枝、葉、異世界人の作った加工品……。水に溶けない特殊な合成品らしい、透明な、カラフルな色の、いろいろな形の加工品が浮いて、そこら中で山になっている。


 異世界人は、この世界を、自分達の住んでる世界なのに、どうしてこうもっ。


 あの可愛らしいモンスターも、異世界人たちによってほとんど食われていなくなってしまったらしい。


 ……近い……。


 道から外れて森の中に入る。


 あたりを注意しながら強風にざわめく草木の中を分け入って進んでいった。


 異世界人の船の、耳をつんざく轟音。


 木々の葉が、奴らの起す風に飛ばされていく。


「あっ」


 見つけた。


 私は木の陰に隠れる。


 川の水が流れ込んだ森の中の小さな池の上に、奴らの船が浮いていた。


 そして……アドレー隊長……。


 激しく揺れる水面の池のほとりに、ローブをはためかせて、立っていた。


 異世界人に攻撃されることなく、無防備に立って浮かぶ船を仰ぎ見ている。

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