Day.24 ビニールプール

 子どもの頃、夏休みには田舎の祖父母の家へ行っていた。その時期にしか会わない親戚と話したり、実家と違う空気を味わうのが楽しみで、帰省の前日は寝付けないほど興奮したものである。

 特にわくわくしたのがビニールプールだ。祖父母の家にあるそれは広く、小学生が六人入っても余裕があるほどだった。泳げるほど深くはないけれど、ただ水をかけ合うだけでも面白く、私や兄、いとこたちは時間を忘れて夢中になったのだ。

 しかし年齢が上がるとともに、一人、また一人とプールで遊ばなくなった。最年少の私がどれだけ誘っても、兄たちは首を横に振る。

 泳げもしない浅いプールで一人で出来ることと言えば、どれだけ長く息を止めていられるかの我慢比べくらいだ。相手もいないのでは張り合いがなかったが。

 ――いや、一度だけいた、気がする。

 子守り係の祖母が別の用事で席を外した時だ。水に潜り、しばらく息を止めてから上がると、坊主頭の男の子が目の前にいた。歳は幼稚園児くらいで、見知った顔ではない。近所の子だろうか。

 遊び相手に飢えていた私は、彼を我慢比べに誘った。男の子は心底嬉しそうに笑い、三回ほど対決したのを覚えている。祖母が戻ってくるといつの間にかいなくなっていて、また遊ぼうと誘えなかったのが悔しかった。

 あれは誰だったのだろう。祖父母に聞いても「近所にそんな子いたっけ」と困惑するばかりで、兄には「息を止めすぎて幻を見たんだろう」とからかわれてしまった。

 本当に幻だったのか。そう思うにはあまりにも、男の子の笑顔は記憶に鮮やかに焼き付いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る