Day.10 ぽたぽた

 人間の寿命はよく炎に例えられているけれど、実際のところ、あれは間違いだ。

 私の周囲には氷で出来た心臓が浮かんでいる。これこそ人間の寿命を視覚化させた代物で、大きいほど最近生まれたモノ、反対に小さければ老いたモノというわけだ。私は偉大なる主様に任命され、だいたい一億人分の寿命を管理していた。

 氷の心臓からはぽたぽたと雫が落ちている。一つ一つはささやかな音だけれど、一億個ともなればそれなりに大きくなる。不規則に刻まれる音色は高らかに澄んでおり、どこか子守歌に似ていた。

 けれどのんびり聴いてばかりもいられない。今にも溶け切りそうなモノを見つけた時、主様に「何人かそろそろこちらに来そうです」と報告しなければならないのだ。でないと魂を迎える準備を整えられない。

 ぽたぽた、ぽた、ぽたた。毎日異なるメロディーの中で百年近く。別の地域に配属する新人を教育するよう、主様から新たな命令が下った。

 それからの毎日は騒がしくなった。ぽたぽたと穏やかな音に、がしゃんと砕ける音が混じる。

「すみませぇん先輩。転んで心臓一個割っちゃいましたぁ!」

 新人は粉々になった心臓をかき集め、私に差し出しながら大声で泣く。心臓が割れた、ということはつまり、人間が一人いきなり死んだということだ。死んだ人間の家族も、その魂を迎え入れるこちらも大慌てである。私も仲間たちから「お前の教育はどうなってるんだ」と睨まれるだろう。

 泣きたいのはこちらだと思いながら、どんより凹む新人の背中を擦ってやった。

 ああ、子守歌が恋しい。

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