Day.5 蛍

「急に呼び出して悪かったね」と謝る先生に、私は笑って首を振る。助手を務めるうちに恋心が芽生えたのか、夜中にラボへ来るよう言われても怒りは沸かず、頼られていると思うと嬉しかった。

「新薬の試作品が出来たんだ。飲んで効果を教えてほしい」

 先生に渡されたのは黒く細長い錠剤だった。表面に白字で〝HTR〟と記されている。

 水で喉に流しこんでから様子を見ること数時間。急に体が熱っぽくなってきた。感じた異変をそのまま述べれば、先生は「ふうん」とうなずく。

「じゃあ次の段階だ。どんな言葉でも良いから、僕を好きな人だとでも思って告白してみて」

 突然の要求に困惑したけれど、閃いた。

 きっと先生が作っていたのは媚薬の類なのだ。であれば体の火照りも説明がつく。

 けれど告白なんて出来ない。今想いを告げたとしても、薬の効果として受け取られて本気にされないに違いない。かと言ってなにも言わないのでは期待に背くことになる。

 黙る私に焦れたのか、先生がほんのり笑った。

「ところで〝鳴かぬ蛍が身を焦がす〟ってことわざを知ってるかな。鳴かない蛍が光を放つように、口にしなくても心に秘める想いは大きい、みたいな意味なんだけど。君に飲んでもらったのは告白薬、とでも言うのかな。好きな相手がいる場合、想いの大きさ次第で体が熱を持つ。治すには愛の告白をするしかないんだけど、しなかった場合は」

 そこから先の言葉は私に届かなかった。

 口や鼻、耳から噴き出した高音の炎が私の全身を包む。最期に聞こえたのは「効果は充分だね」と呟く先生の声だった。

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