第14話 エクセル、自己紹介する

「ご令嬢方、お初にお目にかかります。ローザニアン皇国第二騎士団副団長、エクセル・カッツエルと申します」


 黒騎士団の黒い制服に身を包んだ騎士は、優雅に胸に手を当てて礼を取った。


 エクセル・カッツェル。


 アルフォンソ皇子の母方の従兄であり、側近中の側近。名高い『黒の皇子』の懐刀。 


 彼は主とは正反対の魅力に溢れた人物だった。


 シャンデリアの下、まばゆく煌めく、襟首を覆う長さの金髪。真夏の晴天のような青い瞳。整ってはいるが、どこか温かみを感じさせる面立ち。長身で、一流の騎士らしい無駄のない引き締まった体つきをしているわりには、威圧感はまるで感じさせない。


「我が主君が、なぜ、今夜、ベルウエザー嬢のエスコートを務めているのか。確かに、興味深い話題ではありますが。私の知る限り、初めてのことですからねぇ。皇子が誰か一人のご令嬢を特別扱いするのは。大体、うちの殿下は、ご幼少のみぎりから、社交性ってものに欠けている。今日だって、ねえ、ニコリともしなかったでしょ?」


 ここで言葉を切って、一同を見回して同意を求める。


「残念な方ですよ。あれだけの美貌、将来性をお持ちなのに。国内外を問わず有力貴族のご令嬢から果ては他国の王族貴族、正真正銘のお姫様まで、ご婚姻の打診は数多くあったんですが、すべて無視。国王陛下も頭を抱えておられます」


「でも、噂では、運命のお相手を探す旅をされていると・・・。預言者の言に従って、運命の恋を求めて、諸国を彷徨っておられると伺ってますわ」


 令嬢の一人が、上気した顔で尋ねた。


「そして、運命のお相手は、『青の月最後の日に生まれた』令嬢の中にいるとか?」


「さあ、どうでしょう?表敬訪問にかこつけて、あちこちで歓迎の宴を開いていただいてはいますが。皇子は、立場上、ご令嬢たちとダンスはされます。でも、それだけ。誉め言葉の一つも言ったことないんじゃないかなあ、あの人。これでは、はたして、運命の相手探しに勤しんでいると、言えますかね?」


 邪気の欠片もない笑顔で、話すことは結構辛辣だ。


「どちらにしても、根拠のない推測は控えられた方がいいかと。それにね、美しいご令嬢たちが、いじめをしている光景は、あまり美しくありませんよ」


 取り巻き連は、途端に鼻白んだ。


 口々に、そんなつもりは、などと言い訳じみたことを呟いている。


「あら、べつに虐めたわけではございませんわ」


 さすが公爵令嬢。


 エレノア・ビーシャス嬢は、上品な笑みを浮かべて、凛として言い返した。


「正直な気持ちを申し上げただけですわ。多少、失礼に聞こえたのなら、許しくださいな、ベルウエザー子爵令嬢。では失礼。また会いましょう」 


 あれは、失礼以外の何物ではなかったと思いますが。


 ビーシャス令嬢とそのお仲間が、優雅に去っていくのを見送る。


 まさに、ロマンス小説にありがちな悪役令嬢って感じだと、シャルは感心さえしてしまった。


 本当にいるんだ、そんな人。 


 いきなり、顔を覗き込まれて、びっくりする。 


「本当に金色なんだね。君の瞳の色。その銀の髪にもびっくりしたけど・・・まさに、『銀の聖女』そのものの色だ」


 エクセルが、感慨深げに言った。


 なぜか、最後の一言は、感傷的に。


「それにしても・・・あの時も、華奢だし、軽いしで、驚いたけど・・・こうして、間近で見ると、可愛い。うん、超可愛い。あいつが、驚いたのも無理はない」


 可愛い?可愛いって・・・私よね?


 シャルは、思わず周囲を見回した。


 先ほどのちょっとした諍いのせいか、シャルの周囲三メートル四方くらいは、今現在、真空地帯状態だ。


「身体の方は、大丈夫?」


 シャルが怪訝な顔をしたのに気づいたのだろう。エクセルが続けた。


「覚えてないか。君を、ご家族ともども、別棟に運び込んだのは、この俺なんだ」


「え?そうなんですか。失礼しました。騎士団の方としか伺ってなくて。まさか、副団長様が」


 困惑するシャルに、エクセルは、気にするな、と軽く手を振った。


「いや、知らなくて当たり前。一応認識阻害の術使ってたし、あの時。関係者には緘口令を敷いてる。やっぱ、身バレはまずいと思って」


 他所の国のことに強引にしゃしゃり出たのが知られるのは、あまり好ましくないよね、とエクセルはニコッと笑った。


「君が落ち着いた時点で、様子を見てから、改めて名乗るつもりだったんだ。俺としては」


「本当に助かりました。いろいろと」


 シャルが心から礼を言うと


「俺は、アルの、アルフォンソ殿下の指示に従っただけさ」とエクセル。


「礼ならたっぷり、殿下に言ってやって。後で、二人きりの時。帰りの馬車で、とか?」


 悪戯っぽくウインク一つ。


「お、ダンスタイムはそろそろ終了かな?俺は、お邪魔にならないように、隅っこでこっそり見守るとするか。アルと仲良くしてやってくれ」


 言葉通り、エクセルは、さっさと退散していった。


 シャルの頭を悩ませることを、いくつか投げかけた末に。


*  *  *  *  *


 今考えると、自分は、小賢しい、可愛げのない子供だったと、エクセルは思う。


 カッツエル家は、先代の御代に、その功績により爵位を賜った、所謂、平民出身の成り上がり貴族だ。爵位こそ、一番低い男爵ではあったが、大きな貿易港と豊かな農地を併せ持つ領土を治めるカッツエル一族は、国の財政に大いに貢献し、その影響力を強めてきた。


 数年前に、領主の末の妹が側室として現王に嫁いでからは、その権力は実質的には、多くの貴族を凌駕するほどになっていた。


 領主の息子エクセルは、齢5歳にして、すでに、潜在魔力と知力において、天才の片鱗を示し、その将来性に注目されていた。


 両親は一人息子でもあった彼を溺愛していたし、周囲の大人たちも彼を特別扱いした。


 そして、何よりも、彼自身が、自分が特別であることを自覚していた。


 社交の華と名高かった母親の美貌を受け継ぐ容貌と、一を聞けば十を知る優秀な頭脳。運動神経だって人並み以上の自負を持っていた。


 エクセルは、5歳の頃には、すでにその才能を効果的に使用して、自分の望みを叶える方法を熟知していた。


 少し微笑んで見せれば、侍女たちは何でも言うことを聞いてくれたし、ちょっと『頑張って』みせれば、家庭教師たちは彼を褒めたたえた。


 何でも簡単に手に入りすぎて、物足りないくらいだった。


 いや、たぶん、人生に退屈していたのかもしれない。


 あの日、初めて、皇子に会うまでは。


 王に嫁いだ妹が第二皇子を無事出産したという知らせが届き、一族ほぼ総出で、母子が過ごす別邸へ出向いたあの日。


「ほら、アルフォンソ・エイゼル・ゾーン第二皇子様だ。お前の従弟でもあられる」


 父である国王にも実母にも似ぬ、赤子の真黒な髪が子供心にも不思議だった。


 この国では黒髪が稀であることは、子供ながらも、知っていたので。


 息子の不思議そうな表情に気づいたのだろう。カッツエル男爵は、身をかがめて、息子に真剣な口調で言いきかせた。


「この方は長じて、皇国の危機を救う星の下に生まれたお方だ。お前は、生涯、忠実な臣下として、誠心誠意お仕えせねばならぬ」


 バカバカしい。なぜ、自分が、こんな子供に。


「わかりました、父上」


 笑顔で答えながら、腹の中で、呆れ果てていたその時・・・


 赤ん坊がうっすらと目を開けた。


 まだ見えているはずがないのに、まるで見えているかのように、くっきりとした瞳。漆黒の、新月の夜の色だ。


 なぜだろう?どこか懐かしい気がする。


 小さな手が、明らかにエクセルに向かって伸ばされた。


「おお、エクセル。御子は、お前が気に入ったようだ。お応えせねば」


 父に促され、エクセルは、今まで味わったことがない奇妙な気持ちで、赤子の手をそっと握った。


 そして・・・


 彼は、自分の宿願を、果たせなかった約束を、思い出したのだった。


*  *  *  *  *


 得意の認識阻害の術を使って、さりげなく自然に他の参列者の話の輪に加わる。


 主君と違って、エクセルは社交性には自信がある。町でもどこでも、地元民になじむのは、得意中の得意だ。 


 たわいないうわさ話に興じながらも、エクセルは、アルフォンソ皇子の様子を密かに見守り続けていた。


 なんか、予想していたより、いい感じかも。アルがお菓子を選んで取り分けて、ベルウエザー嬢に勧めている。


 おうおう、アルったら、張り切っちゃって。一生懸命、話をしてるぞ、令嬢相手に。あの口下手が。


 相変わらずの無表情にしか見えないのが、なんとも・・・


 それにしても、ちょっと取りすぎじゃないか?食べれる量じゃないぞ、あれ。


 ピッ。


 頭上から、微かな音がした。


 ガラスがひび割れるような。


 探知魔法を反射的に広げる。


 あれは・・・


「アル、アルフォンソ皇子!」


 叫ぶと同時に、エクセルは走り出した。


「みんな、伏せろ!」


 天井を彩るシャンデリアが一斉に砕け散った。


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