第13話  シャル、いじめに遭う

 見見事にアップされた金髪に深い蒼の瞳。ドレスに負けないほど派手だがどこか品のある美貌。銀色の手袋をした手がくゆらせているのは、金糸や銀糸が織り込まれた銀嶺鳥の羽扇。繊細な細工の施されたイヤリングとネックレスにふんだんに使われているのは、たぶんブルーサファイア。装飾品に疎いシャルの目にさえ、超一流品なのはわかる。実用性はなさそうだけど。


 洗練された立ち居振る舞いからみても、上位貴族のご令嬢なのは一目瞭然だ。


 この方、確か、私の後に、アルフォンソ様と踊られた方じゃないかしら。と、言うことは、私と同じ年齢のはずよね?信じられない・・・。


失礼にならない程度にまじまじと令嬢を見つめながら、シャルは密かにため息を吐いた。


 人間の容貌を覚えるのが苦手なシャルだが、これほど印象的な美人はさすがに覚えていた。


 彼女の周りには、如何にも取り巻き感満載の令嬢たちが数人引っ付いている。


 この方が、もしや、チャスおじ様、もとい、国王陛下が言っていたビーシャス公爵令嬢?


「あなた、エレノア様が話しかけられたのよ。ご挨拶くらいしたらどう?」


 取り巻きの一人が居丈高に言った。


「あら、信じられないほどの辺境地からお見えですもの。王都の作法はあまりご存じないのではなくて?」


 他の取り巻きが小ばかにして笑った。


「そんなこと言うものではなくてよ。僻地からわざわざお出でになったばかりですもの。王都の常識には疎くて当たり前よ。きっと、ビーシャス公爵の御名そのものを知らないのかもしれないわ」


「まさか。国王陛下に次ぐ尊き身分の公爵様を存じ上げないなんて。そんな無知な貴族いるはずないじゃないですか」


「あり得ませんわ」


 そうか。やっぱり、あのビーシャス公のご令嬢らしい。で、これは、もしかして、いじめ?エルサが貸してくれた小説にそっくりなセリフがあったような気がする。


 シャルは本を読むのも好きだ。趣味の一つと言っていい。


 ベルウエザーの屋敷には、辺境の地とは思えないほど、立派な図書室がある。ベルウエザー領では、凶暴な魔物が動き回る真夏の新月の夜や猛吹雪のため室内に閉じ込められる真冬日など、年に幾度か一切の外出ができない時期があるのだ。そのため、室内で気軽にできる娯楽として、読書は、領主一族だけでなく使用人たちにも推奨されている。


 蔵書は魔物の生態から植物学、薬学などの実利書から、子供のための絵本や小説など多岐にわたる。その管理は、おおむね一部の侍女たちに任されている。その筆頭がシャル専属侍女のエルサだ。


 現当主が鷹揚なため、というか細かいことは気にしないため、エルサはその特権をフル活用して、自分好みの本をちゃっかりと揃えている。現在、彼女がはまっているのは、いわゆる身分違いの恋を描いた王道ロマンス小説である。


 小柄で華奢な体つきに、絶世の美女とは言えないけど、そう悪くもない容貌。客観的に見て、美女と言うよりは、小動物的可愛い系か。


 いかにも世間知らずの、田舎から上京したての子爵令嬢。


 小説のキャラクターなら、自分はいじめやすいタイプではないかと常々思っていたのだが。


 ちょっと見には、だが。


「ご無礼をお許しください。エレノア・ビーシャス公爵令嬢様」


 シャルは、そっと身をかがめて、社交の教師に教わった通りの礼をした。


「おっしゃる通り、王都に来るのは初めての田舎者でございます故」


 エレノア嬢が微かに目を細めた。


 気弱な田舎者と思っていた相手が気後れすることなく言い返したのが意外だったのか。


「いい気になるんじゃないわよ。聖女と同じ髪と目の色だからって」


 取り巻き達が喚く。


「ご自分が特別だとは思われないことね。皇国の皇子様にエスコートしてもらったからって。ベルウエザーの功績あってのことなんだから」


「あなたたち、いい加減になさい」


 エレリア・ビーシャス公爵令嬢が、やんわりと窘めた。それから、シャルに問いかける。


「あなた、アルフォンソ第二皇子様が『聖なる黒竜ゾーン』の再来と噂されているのをご存じかしら?」


「ゾーンって、『銀の聖女』の守護竜の、ですか?」


 この大陸全体に伝わる『大いなる勇者の伝説』。


 魔王が大陸を支配し、世界が死に絶えようとした時代、世界を救った勇敢なる勇者たちの英雄譚。


 古の王家の血を引く『金の勇者マリシアス』、『青の大魔導士フェイ』、『銀の聖女リーシャルーダ』、そしてその守護者『黒竜ゾーン』。その名は今なお人々に語り伝えられ、小さな子供たちでさえ知っている。大陸最大の宗派「『大いなる恩赦の書』教会」~略して「大いなる教会」~において、『銀の聖女』は、慈悲深き大神の化身として崇められている。


「あなたは、『銀の聖女』と同じ色合いをお持ちね。お名前も同じ。青の月の最後の日の生まれでもある」


 エレリア嬢が値踏みするように、シャルをじっと見た。


「ご存じかしら。私も、あなたと同じ日に生まれたのよ。もし、噂が真実なら、私たちはチャンスがあるということね」


「噂?」


 噂と言うと、あの、皇子が運命の相手を探しているとかいう?


「ビ-シャス公爵令嬢は信じてらっしゃるのですか?」


「さあ、どうかしら。ただ、父は、ビーシャス公は、確信しているようね。あなたはどうなの、ベルウエザー子爵令嬢?」


 エレノア嬢は、上品に小首をかしげた。


「いくら『銀の聖女』を気取ろうと、辺境地の子爵令嬢ふぜいでは、大国ローザニアンの皇子様のお相手は、荷が重いのではなくて?」


 そうよ、そうよ、と取り巻きが一斉に喚いた。


「生粋の王族、現国王の従妹であられるエレノア様ほど、お似合いの方はいらっしゃいません。ベルウエザー嬢、あなたもそう思われるでしょ?」


 お似合いかどうかなんて、当人の考え次第だと思う。『辺境地の子爵令嬢ふぜい』って言い方は、気に食わない


「今晩、皇子様が付き添い役エスコートを務められたのだって、国王陛下に頼まれたからに違いありません」


 別の令嬢が嫌味っぽく言った。


「きっと辺境貴族のご令嬢に少しでも箔をつけてやろうという、国王陛下の親切心からですわ」


「お相手を選ぶにも、釣り合いってものがあります。失礼ながら、あのお方に、あなたがふさわしいとは、到底思えませんわ」


 鼻息も荒く詰め寄ってくる取り巻き連に辟易して、あいまいな笑みを張り付けたシャルが、波風を立てない対処法を思い巡らしていると


「一番大切なのは、アルフォンソ皇子自身の気持ちじゃないかな。釣り合うかどうかじゃなくて」


 背後から穏やかな声が割り込んできた。


 






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