第12話  シャル、舞踏会で頑張る

 ローザニアン帝国使節団のために改めて準備された歓迎の宴は、チャスティス王の小規模な、という言及にも関わらず、かなり壮麗なものに思えた。


 開かれた城門の先には、まばゆくライトアップされた大理石造りの巨大な宮殿。

 今宵、その扉は大きく開かれ、煌煌と灯りがともされた巨大な通路には、赤いサテンのカーペットが敷き詰められている。


 奥から流れてくるのは、宮廷楽師たちの奏でる軽やかな楽曲。にぎやかに談笑する人々の話し声や嬌声。


 新たな来客に、両脇にずらりと並んだ王宮メイドや給仕たちが一斉に頭を下げた。


 差し出された手に、細心の注意を払って自分の手を重ね、シャルは馬車からドキドキしながら降り立った。


 アルフォンソ皇子に腕を預けて、無駄にだだっ広い廊下をゆっくりと進む。


 優雅に、ゆっくり。焦らずに。


 心の中で繰り返す。


 できるだけ、貴族令嬢らしく。あれだけ特訓したのだもの。できるはずよ。


「そんなに、緊張しなくても大丈夫だ」


 傍らを歩く皇子がささやいた。


「君たちベルウエザーは、今回の戦いの功労者だ。堂々と胸を張っていればいい」


 いえ、もともとは、殿下の歓迎会ですけど。


 シャルは心の中で訂正を入れた。


 アルフォンソ自身は、こんな歓迎会なんて慣れきっているようで、衆人の注視にもひるむ様子もなく、自然体そのものに見える。


 アルフォンソ皇子とベルウエザー一行の到着が声高々に告げられ、舞踏会会場の扉がゆっくりと開いた。



 広間には、思いのほか大勢の貴族がひしめいていた。


 緩やかなアーチを描く天井に燦然と輝くしゃれたシャンデリア。四隅に設けられた休憩スポット。中央にはダンスフロアらしき広めのスペース。その端っこに宮廷楽師の一団が控えている。


 衆目の中、チャスティス・ブーマ国王が、鷹揚な笑みを浮かべて一同を迎えた。


 アルフォンソ ローザニアン帝国第二皇子一行への歓迎の意に続き、此度の魔物撃退の功労者としてベルウエザーへのねぎらいの言葉が、国王によってかけられる。続いて、今回招かれた『青の月の最後の日』生まれの貴族令嬢7人が紹介された。もともと皇子の希望で招待されていた令嬢たちを無下にするわけにはいかないという王室側の判断で、シャル以外に、高位の家系から6人が宴への参加を認められたのだ。


 ビーシャス公爵令嬢とベルウエザー子爵令嬢~つまりシャル~だけを招待すれば、他の対象貴族に禍根を残すかもしれないことを、王室は憂慮したのである。


 実際、シャルを除く、6人の令嬢すべてが、どう見ても身内あるいは自領の護衛騎士にエスコートを任している。その事実にも、令嬢方の第二皇子への執着が顕著に表れていた。


 儀礼的なあいさつが終わると、王の「今宵は大いに親交を深めてくれ」という無礼講宣言で、宴が本格的に始まった。



*  *  *  *  *



 アルフォンソ皇子のリードは見事なものだった。おかげで、ダンスが大の苦手のシャルでさえ、それなりにワルツを踊り終えることができた。


 周囲のご令嬢たちの刺すような視線に、まさに、針のむしろに座っている気分だったが。


 大した失敗もなく一区切り踊り終わった頃には、心身ともに疲れ果てたシャルだった。


「私としては、まだご一緒したいのだが。義務は果たしてこなくてはならない」


 ノンアルコールジュースのグラスを自ら取って、シャルに手渡しながら、アルフォンソが耳元でささやいた。


 ベルウエザー夫妻は、ちょうど広間の反対側、貴賓席近くで、大臣らと何事かを熱心に語り合っている。弟のサミュエルは、王家の印入りの青マントを羽織った術師らしき若者を捕まえて、何か質問するのに夢中だ。


「お気になさらずに。私は、あちらでお菓子でも、いただいてます」


 婚約者でもない相手とは続けて踊らないのが、王族や貴族の常識だ。


 すでに、皇子の周りには、さりげなく令嬢たちの列ができている。


 再び曲が始まると、皇子は待ち構えていた令嬢の一人の手をとって、再びダンスフロアへ向かった。


 ちらりとシャルに視線を投げた後、心なしか重い足取りで。


 なんか、いやいや狩りに連れて行かれる時のケリーみたい。


 屋敷に取り残されてふてくされているであろう『愛犬』の姿が頭に浮かんだ。


 まだ一緒に遊んでいたいのに、父上の狩りに同伴させられる時のケリーに似てるかも。


 ケリーは、嵐の夜、怪我をして動けないでいるのを拾ってきたシャルの『愛犬』だ。


 正確に言うと、愛犬と呼ぶには語弊がある。一般的にはケルベロスと呼ばれる犬に似た魔物の一種なのだから。


 成体になった今は、大型犬くらいの大きさだが、頭は犬よりはるかにいい。何といっても、魔物だけに頑丈そのもの。シャルのペットとしては理想的だ。


 ベルウエザーは決して魔物の殺戮者ではない。人に仇なす魔物は容赦なく滅するが、友好的な魔物にあえて敵対することはない。時には、魔物を保護することさえある。彼らは、王国ができるはるか昔から、『魔の森』の魔物と共存してきた一族なのだ。


 見かけではなく、その本質に応じて対処せよ。


 それが一族のモットーだ。


 拾ったときは、ちょっと大きめの子犬くらいだったのに。あんなに大きくなるとは知らなかったわ。ま、甘えん坊なところは、相変わらずだし、私よりずっと力のセーブは上手よね。


 今頃、寂しがってるに違いない。


 ホールの片隅にいくつか用意された休憩場所の一つで甘味や軽食をつまみつつ、そんなことをシャルは考えていた。


 時折、ダンスに誘おうと寄ってくる令息たちには、笑顔で丁寧にお断りする。慣れない上品な靴のせいで足が痛む。下手に物に触らないよう、触るときはなるだけ力を入れないように気を張り詰めているので、なんだか神経が疲れる。もう帰りたいところだが、さすがにそういうわけにはいかない。せめて、ベルウエザーにはない王都のお菓子でも楽しむことに専心する。ま、一応、控えめに。


 その間も、ちらちらとダンスフロアを眺めながら。


 皇子は一曲踊り終わる度に、言い募る令嬢を無表情にあしらって、次から次へとダンスの相手を変えているようだ。


 本当にニコリともしない。あんなに綺麗なご令嬢たち相手に。


 ほっとしたような、嬉しいような。妙な気持ちに気づいて、シャルは首を振った。


 あの人は他国の、ほぼ完全無欠な皇子様。いろいろ問題ありの私とは、住む世界が違う。


 優しくしてくれるのは、きっと単なる気まぐれ。たぶん。


 それとも、もしかして・・・


 本当の私を知っても、受け入れてくれるなんてこと、あるかしら?


 運命の人、なんて、エルサが好きなロマンス小説の中にしかいないわ、きっと。


「あなたが、リーシャルーダ・ベルウエザー子爵令嬢かしら?」


 背後から名前を呼ばれて振り向くと、そこには真っ赤な豪奢なドレスの眩いほどのうら若き美女が立っていた。




 







 




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