第3話 桃から生まれた桃太郎 3


朝起きると、味噌汁の匂いが鼻を抜ける。

耳には話し声が飛び込む。

爺さんと婆さんはすでに起きているようだ。


「よく眠れましたか?」


俺が姿を見せると二人が笑顔で挨拶をしてくれる。

本当に人の良い夫婦に見える。

桃太郎の姿が見えない、まだ寝ているのだろう。

好都合だ。

俺はにこやかに返事をして、本題へと進む。


「桃太郎から自分は桃から生まれた、兄の代わりに鬼退治へ行くのだと聞いたのですが、本当ですか?

信じられないような話だったので。」


二人が顔を見合わせニッコリと笑う。

それから爺さんが話し出す。


「信じられないかもしれませんが、あの子は川を流れて来た桃から生まれたんです。

もう15年は前になるかな、あの子の前にも川を流れていた桃から生まれた子が居ました。

二人で天塩に掛けて育てたその子は、鬼退治に行くと出掛けて鬼に殺されました。

鬼があの子の首を持って来た時、私たちは心が壊れてしまいそうだった。

そこへまたあの子が生まれ変わって来てくれたんです、、、。」


婆さんは涙ながらに話を聞いていた。


「一人目の子がどうかは知りませんが、、、今の桃太郎は本当に桃から生まれましたか?」


「本当です!

川を流れていた桃を拾って、割ると男の子が入っていたんだ!

あの時と同じように!

なあ、婆さん?

一緒に桃を食べたのも覚えているだろう?」


「ええ!覚えていますもの!

この目でしっかりあの子が桃から出てくるのを見ました!」


俺が信じていないのだと思ったのだろう、爺さんの語気が強まる。

婆さんも同調する。


「俺はね、あの川の上流から来たんです。

数年ほど故郷を離れていて、先日久々に帰ると姉が居なかった。

俺が出て行ってすぐにあの川に流されて、とうとう見つからなかったんだそうだ。」


「なんと、、、それは、、、。」


急な俺の身の上話を気の毒だと思ったのだろう。

爺さんの興奮はすっかり治っていた。


「姉は染め物と刺繍が得意だった。

腹には子どもが居たんだ。

生きていればちょうど桃太郎と同じくらいになっているだろう。」


「それで桃太郎を気にかけて下さったんか、、、。」


二人の表情から本当に親身になって話を聞いてくれているのが伝わる。


「もう一度聞こう。

本当にあの子は桃から生まれたか?

その日お前たちが拾ったのは桃ではなく、女ではなかったか?

俺の姉ではなかったか?」


「、、、何を仰っているんですか?」


身に覚えがないのだろう、嘘も吐いていないのだろう、この二人は一人目の桃太郎が亡くなった時に壊れてしまったんだ。


「昨晩借りたあの布団、古い着物で作られたあの布団に、世界でたった一枚だけの姉が染めて刺繍をした着物が使われていた。

姉が川に落ちたその日に着ていた物だ。」


「そんな!!??

そんなはずは!!!!」


「お前たちは一人目の桃太郎が殺された時に、心が壊れてしまったんだろう。

川を流されて来た妊婦が桃に見えたんだ。

姉を持ち帰って、腹を割き、姉の亡骸を食っちまった!!!」


「やめて!!!!やめてください!!!!」


「いやああああああ!!!!」


俺の言葉を聞くと二人は耳を塞ぎ、涙を流し、叫び始めた。

どうしてそうしたかはわからない。

何かを思い出したのか、聞くに耐えられない内容だったからなのか、、、。


「あの子は俺が貰っていく。

俺の村で育てる。

その代わりこのことを俺は誰にも言わない。」


そう言い捨てると必死にしがみついてくる二人を蹴り飛ばし、投げ飛ばし、桃太郎の腕を掴んで二人で走った。

後ろで二人が叫び声を上げながら走ってくるが、老体で俺たちに追いつくことは出来なかったのだろう。

そのうちに何も聞こえなくなった。


「どうしたんですか?

どこへ行くんですか?」


そう聞いてくる桃太郎。


「俺たちの故郷へ帰るんだよ。」


それだけ話して走り続けた。

この子には、この子だけは何も知らずに幸せに生きてほしい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みじかいおはなし enmi @enmi_o3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る