#33 「”魔法少女”が──」

「……わたし、なんです。遥の写真、撮ったの」


”ヴィエルジュブラン”を。

透羽がスマホに表示した写真、件の、問題になってしまった写真の元になったものだ。

それを衿華に見せた。


すっかり日の落ちた公園は閑散としていた。

焦れたつま先に触れる落ち葉、半袖には堪える夜風。秋の足音が近づいてきている。

ベンチに隣同士で腰掛けながらも、衿華を捉えること、それが透羽にはできなかった。


「……そう、でしたか」


少々の間を空けて、ぽつりと衿華は溢した。

糾弾するでもなく、驚いたような素振りを見せるでもなく、ただ透羽を見つめ返してくるのみだったから。

そんな、予想していなかった反応から湧き上がってきた動揺を誤魔化すように、透羽はスカートの裾をぎゅっと握った。


「理由を……聞いてもよろしいですか?」

「……はい」


覚悟はしていたことだ。

深く息を吸う、肺を満たす空気は冷たい、掠れた声が透羽の喉を通った。


「遥に憧れてたんだと思います。写真を撮って何かしようってつもりはなくて。ただ、それだけでした……」


きっと、遥に向けた感情は一口では言い表せない。

ただ、一番近い言葉を選ぶならば”憧れ”で違いなかったのだ。

少なくとも、透羽にとっては。


「……憧れ? それは何故ですか?」


衿華の口調は純粋な興味から来るものではなく。

どこか咎めるような含みを持っていた。


「……わたし、変わっていく自分が怖かったんです。生徒会とか、自分の身の丈に合ってるのかわからなくなってきてて……でも、わたし自身がずっと追い立ててきたんです、変われって」


押した背は、押しただけ前へ進んだ。

それでも、足がついて行っていたとは限らなかった。

つんのめった、転びそうになりながら、だったのだ。

ただ、それも全て目指すべものがあったからだ。


「──ずっと、なりたかったから。遥にすごいよって、言われるような子に。文字通り、小さい時から遥が憧れでしたから」


遥の手を引く、と。それを目指してやってきたのに──。


「……写真は、自分を励ますためのものでした。……”ヴィエルジュブラン”を──”変わった遥”の姿を前にすると、わたしも頑張らなきゃって、そう思えるから。だから時々見てたんです」


遥は追いついてきた。彼もまた変わっていた。

追いつかれたことを噛み締めて、自分も頑張らなきゃって発破をかけて自分を進ませるため、写真を見つめてきた。


だからこそ、見つめるたびに歯嚙みした。

変化を受け入れられないままではいけないのだ、と。

開いた距離を前に、また危機感を抱けるから。

そうやって、自分を進ませるための儀式みたいなものだった。


「それが何かしらの理由で漏れてしまった。……ごめんなさい。わたしの、注意不足でした」

「……なるほど」


しばらく、衿華は思索に耽っているかのように見えた。

透羽の言葉を咀嚼しているかのように、顎に手を当てて。

やがて顔を上げ透羽を見つめ返すと、一言口にした。


「写真に関しては透羽さん、ひとまずあなたの話を信じます。ですが、一つ。あなたは──遥くんのことを理解しきっていません」


だけれど、衿華は首を振った。

透羽の言葉を否と断じた。


「……遥くんは変わっていない。ただ、ずっと好きなものと一緒にいたくて。、その過程で得られたものが大きかった、それだけの話です。それが、あなたには変化に見えたのでしょう」


衿華が握りしめたもの、カバンに括り付けられたもの。

それは、確かに透羽にとって見覚えのあるものだった。

……そうだ、持っていた。ライトだ。遥と映画を見に行った日に貰ったもの。

透羽自身が変わったことを自覚した日に貰った──。


「……っ」


──変わった。

その言葉がまた、脳裏をよぎる。

変わった日がどうだったかって、大事なことのように、またしがみついている。


「……透羽さんは固執しているのです。変わったとか、変わってないとか。自分自身にも、他者にも。嫉妬とも、言い換えられるかもしれません」


ずっと、足がすくんでいた。

だからこそ、人一倍敏感だったのだ。自分がこういう風に変わった、とか。他者はまだ変わっていない、とか。

そんな相手との距離を測るのが習慣で。それでも、どこか怖かった。

きっと、妬んだ。開いた差に、変わった相手に。


憧れと、妬み。

一つ入れ替えるだけでも、すとんと妙に附した。


「……妬み、だったんですね。これ」


自嘲げに透羽は呟く。

変わらないね、と口にした。そうやって他者にレッテルを貼って、強がってきた。

そうやって、他者の足を引っ張るようにしてしがみついていたのなら、変われるわけもない。


考えてもみれば、至極当然だ。

人のことを少しでも羨んでしまって、ずっと縋り付いていたのなら、それはもう憧れと呼べるほど純化された感情ではない。


「十分、あり得ることだと思います」


蔑まれるのかと思っていた。

ずっと勘違いしていた自分を否定する言葉が飛び出してくるものだとばかり思っていたから。

だからこそ、次に衿華が口にした言葉が肯定するような含みを持っていた時、透羽は目を丸くした。


「……気持ち悪く、ないですか?」

「別に、私はそれを悪感情だとは思いません。妬みは自分を変えるためのバネとして機能することもありますから。それに、私に責めることはできませんよ。その焦りを、知っていますから」

「……衿華先輩が、焦って……? だって、いつも冷静で……会長までやってるのに……」


衿華が焦る。あまり透羽には想像のつかないことだった。

いつだって彼女は冷静沈着だ。

それに、自らを追い込んで仕事をするほどの熱心さだって兼ね備えている。自分自身にだって厳しい。

そのうえ──衿華は生徒会長だ。

変わることを選んだ人間なのだ。


「──母の期待に応えるため。生徒会長になったのはそのためですから。むしろ、そうでなければ母にとってのになれないのではないか、と。確かに焦っていました」


それでも、衿華は違うと言う。

自分はむしろ焦燥感の果てに生徒会長になった──変わった人間なのだと、どこか透羽と重なるところがあった。


「あなたの悩みは私と似ている。だからこそ、一つだけ。必要な心構えも知っているつもりです」


指差し一つ。

人差し指をピンと立て、真正面から透羽を射抜くと、衿華は口にした。



「──”変わらないあなた”を、好きでいてください」



それは、ずっと否定し続けていたもの。

変化を自覚したその日に、置き去りにしただったもの。

自分を追っていた透羽にとっては真逆の心構え、わたしで在り続けることだった。


「他者も、あなた自身も、縋るべきものは、いつも変わらない。止まり木がなければ、羽ばたくことすらままなりませんから。実際、わたしを《ヴィエルジュ》に連れて行ったのも、幼いときから変わらないままだった”好き”、でしたし」


だけれど、衿華はそれを良しとした。

むしろ、受け入れるように、と。そちらを向かせた。


「変わらない他者を、変わらない自分を、肯定すること。変わりたいと言うのなら、それからです」


言い切ってしまうと、また衿華は口をつぐんだ。

その静寂は、衿華が作ってくれた隙間のように思えた。

きっと、自分が話しっぱなしだったことを少し気にしている節はあったのだろう。ちら、と透羽の方を見てくる。


「……あの、衿華先輩」

「なんですか? 質問なら聞きますが」

「わたし、立ち止まってても良いんですか……?」


衿華が口にしたことを反芻するたびに、今まで力んでいた分だけ足から力が抜けていくような気がした。

弛緩した筋肉は、逆に気づかなかった痛みを訴える。

だからこそ、立ち止まっていいのか。

最後の確認作業に近しいものだった。


「それは、最終的にあなたが決めることですが……そうですね。私は、それを立ち止まることとは考えていません。準備運動のために、少しだけその場にいる──それぐらいのことですよ」


ほんの少しのため息と共に、衿華は口にする。

考えても見れば、これ以上、この足で歩き続けることができるとは思えなかった。

だからこそ、立ち止まるのではなく、休ませる程度。次の一歩のための布石なのだ。

目的地も決めずに当て所なく彷徨ったところでどこにもたどり着けやしない。

衿華はきっと、まずはそれを探せと言っていた。”変わらない自分”が知るを。

その過程にはきっと、歩き続けること以上の価値があるから。


「それでは、そろそろ帰るとしましょう。よろしければ、家まで送っていきましょうか?」


衿華に釣られて、透羽も慌てて立ち上がった。

時計を見やると、十時を回っている。話し込んでいるうちに随分と遅くなってしまっていたらしい。

色々あって疲れた──はずだったけれど、随分と思考は明瞭だった。


「……あの、わたし……っ」


絞り出した声、先を行っていた衿華が立ち止まる。

これは宣言だ。逃げがちで、すくみ足な透羽自身がどうするべきか、はっきりとさせるためのものだ。

まずは、どこに行くべきか、旗を突き立てるのだ。


振り向いた衿華が頷く。

焦りを捨てること、探すこと。

それを知ったのなら、まずするべきこと。


「わたし……遥と話してきます」


それは、”変わらないこと”の肯定にほかならなかった。



◆ ◆ ◆


◆ ◆




「──よーしっ! 段取りは完璧だね!」

「……ええ。あとは彩芽さん次第、ですわね」


窓越しに外を見やりながら、紗が呟く。

視線の先にはびっしりと張り付いた雨粒。夕立に降られた後だった。


「……本当に、お二人共。お忙しい中、ありがとうございました」


皆が腰掛けたテーブルの中、衿華が頭を下げる。

衿華たちの計画。それを実行に移すため、近頃のヴィエルジュはてんてこ舞いだったから、むしろ、頭を下げるぐらいじゃちっとも足りないぐらいだ。


「良いんだよ。あたしたちも遥くんには元気になって欲しいから。それに──お礼を言うなら……」


テーブル脇にいたマキが顔を赤くする。

ほとんど名指しで杏が先程からずっと見つめているから、だろう。


「……私はもう褒められ慣れてるから結構よ。それよりも衿華さん、サイズは大丈夫だったかしら?」


妙な理屈をこね、そっぽを向きながら。マキの興味は別のところにあるようだった。


「ええ。ピッタリでした」

「そう。私も久々に公道で慣らしてきたし、紗さんも杏も、段取りはバッチリよね?」

「もっちろん! さっき確認した通りだよっ!」


そんな力強い返事を聞くと、マキはその顔に稚気のある笑みを湛えた。


「オッケー。それじゃあ、衿華さん──いえ。”ヴィエルジュノワール”! 号令をお願いっ!」


自然とテーブルを囲んで円陣を組むような形になっていた。

明日、遥を連れ出すに当たって、一切衿華には役割がない。

というのも、衿華にしてみれば、遥を連れ出すまでの過程にそこまでの不安はなかったから。

それでも──連れ出した先、衿華のやり方次第で、全てが変わってくる。


だからこそ、ここで決意表明をしておかなければ。

三つ、重なった手。その一番上に手を重ねるのは衿華あらため、”ヴィエルジュノワール”だ。

だけれど、衣装は以前までのものと違う。


元々のイメージカラーだった白中心の衣装から、ワンポイントで黒、青、ピンクが一色ずつ。

極めつけには虹色に彩られた翼が背にはあしらわれている──強化フォーム。


それは、衿華にとってはここにいた証。

遥と組み、杏から助言を受け、紗と戦い勝ったからこそ、手に入ったものだ。


揺れるフリル、背の翼、重ねていた手を、衿華は目一杯に振り上げた。



「それでは──ダッシュ! 《ヴィエルジュピリオド》っ!」



◆ ◆ ◆


◆ ◆




「……ねえ、遥」


久々に聞いた他者の声は、ドアの向こう側から聞こえてきたものだった。

引きこもって二週間ともなれば、何かをする気力すらわかず、ただベッドの上で身を丸めているだけ。それで、一日は終わってしまう。


そんな中でも、毎日絶え間なくチャイムは鳴っていて。

今日は親が帰って来るのが早い日だ、と。ギシギシと床が軋む音で気付き、普段よりもずっと遅いチャイムで、ついに透羽が強硬策に出たのだと知った。

両親はまだ遥が引きこもっている理由を知らない。だからこそ、それを直接伝えてやろう、とか。そういう魂胆だとばかり思っていたのだ。


だからこそ、ドアの前に透羽が来て、直接話しかけてきたことに、遥はかなり面食らっていた。


「……何しに来たんだよ、透羽」


せめてもの強がり、刺々しい口調だ。

今は、そうするほかないように思えた。


「明日が文化祭だって、覚えてる?」


だけれど、外から聞こえるくぐもった声は、予想外の言葉を紡いだ。

文化祭。それが明日であること。遥にとってはもう些末なことだったから。

カレンダーを見て、ようやく思い出した。


「……今、思い出したよ」


ただ、それが何だというのだろう。

演劇があるから来て欲しい? 馬鹿言え、それはもう十分遥がいなくても回っている。

その上──文化祭当日ともなれば、ステージに近づいただけで衆目に晒されるに決まっている。

それは、今の遥が最も避けたいこと──だったのに。


「覚えてるなら、聞いて欲しい。明日、衿華先輩が遥のためにライブをするの、魔法少女として」


一瞬、追いつかなかった思考。

後から言葉が意味を帯びて、遥の脳裏をよぎっていく。衿華、ライブ、魔法少女。

それは、遥にとっては楽しかった《ヴィエルジュ》での日々を象徴するものだったことには違いない。


「……どういう、こと?」


だけれど、何故今それが出てくるのか、わからない。

掠れた声が、遥の喉を通った。


「……文化祭で、サプライズとして”魔法少女”コスプレライブをする──出演者は衿華先輩と遥。件の写真は、その練習風景が漏れたってことにする、つもり。そういう体裁で、遥の写真が流出したことを誤魔化すの」


思考が絡まって行く。

そういう体裁で、誤魔化す。前提として、そのためには全校の前に立たなければならない。それも、魔法少女コスで。

それで周囲が信じ込んでくれるかはわからない。

だけれど、それ以前に……できるだろうか。


「……それ、透羽も手伝ってくれてるの?」


今の遥に──一度、逃げ出してしまった"魔法少女"に。

問いは、誤魔化すためのもの。透けて見えそうなその不安を。


「……うん」

「なんで、そんなことまでしてくれるんだよ」


考えてもみれば、透羽はどうしてここまで構ってくれるのだろうか。

演劇も大変だろうに、幼馴染だからといって引きこもった遥相手にここまでする義理もない。それとも、透羽は大人だから、これぐらいのことは造作もない、とでも言うのだろうか。


一切の声が聞こえてこなくなる。

ひどく痛い静寂の末、透羽はぽつりと口にした。



「……遥の写真、撮ったの……わたしだから。それで、不注意で広まっちゃったから……」



床に散らばった"好き"の残骸。

写真流出で、こんなになるまで遥は追い詰められた。

その元凶が、ドア一枚挟んだ向こう側にいる。いくらでも、罵声を浴びせることができる──と、いうのに。


「……そっか」


不思議と、絞り出せた声はそれだけだった。

きっと、口汚く罵ったところで、責めたところで、何も変わらないから。

ほんの少し、胸がすく──ことすら無いから。


「……どうして、撮ったの?」

「……遥への妬みとか……わたし、ずっと、遥に固執してた。自分の”好き”をしっかり見つけてて。それを芯にしてる遥が……心底、羨ましかった。だから、だよ……」


遥が羨ましい。

遥にしてみれば、逆に透羽の方が羨ましい存在だったというのに。


だけれど、どこか腑に落ちる部分はあった。

透羽はいつも遥との距離を気にしていたから、それだけ幼馴染である自分と出会った時からどれだけ変わったか比べようとしていたから。遥が抱いていたコンプレックスを、透羽もまた抱いていた。

そういった意味ではきっと、透羽にしてみても”変わること”に悩んでいる節はあったのだろう。


「……透羽がわざと流出させたってわけじゃないんだよね?」

「……スマホを置き忘れて、それで……」


透羽が直接の原因であることには違いがない。

だけれど、写真が流出して、遥が知り得るところまで辿り着く過程ではきっと多くの生徒が絡んでいた。

生徒会役員に演劇を手伝う一般生徒、噂していたクラスメイトの女子、話しかけてきた男子──。


、きっかけが透羽だったというだけだ。

何らかの理由で話題に飢えた彼らにとっての格好の異分子として、そのうち別の理由で遥が取り沙汰されていた可能性は大いにある。


遥を追い込んだのは、何も透羽じゃない。

その場から逃げ出した時にあまりにも強大だと感じた──学校だ。周囲だ。息苦しかったこの環境だ。


「……遥……?」


透羽を責めてもどうにもならない。

どうにもならない、からこそ──どうしようもない。


「……僕はいいから」


やっとのことでそれだけ返して身を丸める。

ちら、と視界の端に床が映りかけたから、天井だけに絞り込むため、仰向けになった。


「……ねえ、遥。最後にさ、一つだけ聞いて……?」


最後通告。透羽が口にするけれど、どんな提案をされたとしても、遥はその場を動く気がなかった。


「──わたしにとって、"魔法少女"は、初めてをくれたものなの」


寝返りを一度打つ。壁が眼の前に迫る。


「──楽しいって気持ち、眩しいって憧れ。それに──"好き"って気持ち。わたし、遥に感謝してる。あの日、手を引いてくれて……一緒に”好き”を分かち合ってくれたから、初めて何かが”好き”って気持ち、はっきりわかった……!」


絞り出すような声、掠れて、くぐもって。

それでも、熱量は増していく。

紡がれる言葉はどれも前向きなものばかりで、真っ暗な壁しかない今の遥の世界には、ちっとも似つかわしくないものだったけれど、無視してしまうには、眩しすぎる。


「わたし、今でも大事にしてる。初めて”好き”を知った時のわたしを……それこそ、変わるのが怖いぐらいに……だから……っ!」


それでも、投じられた。今、遥がどんな風に過ごしているのかなんてお構いなしに、ずっと抱いていたかったその感情は──。



「……わたしも、"魔法少女"が好き……っ!」



光が、視界に射し込んだ。

僅かなものだ。部屋を照らすにはちっとも足りない、けれど。


「……っ」


ドアと床との隙間、その僅かな境目から押し込まれたものは、遥にとって見覚えがあるものだった。


「……ライト?」


星が象られたもの、衿華に餞別としてあげてしまったデザインだ。

だけれど、色が違う。

遥が貰ったものは青、辛うじて今差し込まれたものがピンク色であることだけは判別できた。


ベッドから降りて、拾う。

途端に視界いっぱいに広がった光は久々すぎて目が痛い。

傷が付き、ところどころ汚れた表面は遥のものと変わりない。

それでも、裏に一箇所。明確に違う部分があった。


「……透羽……」


辿々しくマジックペンで記された名前が、そこにはあった。

ドアの外から反応はない。透羽は去ってしまったのか、本当にこれを部屋に放り込むところまでが最後だった、ということだろう。


ライトをベッドに放り、遥もその後を追って倒れ込む。

とはいえども、まだ透羽がこれを持っていたからといって何だというのだ。これを渡されたところで何かが起きるというわけでもない。


依然、問題は残っている。

たとえ透羽が口にしていた計画を実行したところで、結局は全校に──強大な敵に、立ち向かわねばならないのだ。

それも、一度は尻尾を巻いて逃げ出した身で。


──どうすることができたろう。


再び身を丸め、目を閉じる。

何も考えないでいたかった。


『……わたしも、"魔法少女"が好き……っ!』


だというのに、その響きは耳に残る。しつこくしつこく、リフレインする。


視界からも消えない。目を閉じたって残り続ける。

閃いた光が──小さなライトが、瞼の裏を照らしていた。


そうして、次第に思考が沈んでいく中で。


遥は、夢を見た。

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