#32 「魔法少女を捨てるなら」
カチ、と押し込んだチャイム、ドアの奥から聞こえる呼び出し音。
浅い手応えだった。
「……出ない、かぁ」
遥が早退して、衿華に様子を見るよう頼まれてから一週間ほど。
未だに、一度も彼と言葉を交わすことが出来ないまま、透羽はドアの前で立っていることしかできず。
登校時間が近づくと、逃げ出すようにその場を離れる。
今日だって、遥が出てくることはなかった。
そうすることしかできない日々だった。
◇ ◇ ◇
「……今日は、どうでしたか?」
「……出てきませんでした」
「そう、ですか。学校にも……来ていないようです」
ため息交じりにそう呟くと、衿華は外を見やる。差し込んだ夕日が足元に広がっていた。
だけれど、透羽もそうする──わけにはいかず。
むしろ衿華から視線を逸らすように、俯くことしかできなかった。
数日前、生徒会室で縮こまっていた透羽に、衿華はいくつか質問をした。
まず遥の家を知っているか、と。それには頷き、毎日様子を見に行っている。
そして、遥の噂を知っているかと聞かれてそれにも頷いた。
ただ、最後に一つ、この写真のでどころがわかるか、と。
見せられた”ヴィエルジュブラン”の写真、自分が撮ったものの前で、その質問にだけは首を振ってしまった。
本当は知っていたはずなのに。
それが今、どんな結果を招いているのか知っているから。
口をつぐんでしまった。
「相変わらず、情報の出どころはわからないまま──直接家を尋ねてもわからないと来て……どう、しましょうか」
困り果てた表情で衿華は呟く。
そんな表情の彼女を見るのは初めてだった。
いつも一人で仕事をこなして、堂々としていて、スマートで、少し怖くて。
だというのに、今は困り果てている。
「……そういえば、衿華先輩はどうしてそこまで遥に構ってくれるんですか?」
彼女は受験生で、その上生徒会長だ。
文化祭に向けた今、忙しくないはずがないのに何とか遥の問題に向き合おうとしている。
学校に来なくなった生徒全員にそうしているわけではないだろう。なぜ、遥一人にそこまで固執するのか気になって、つい聞いてみた。
「大切な人だから、ということにでもしておきましょうか」
「……えっ?」
「半分は冗談ですよ。ただ……そうですね。こんな風に少しの冗談でも口にできるようになった──それこそ半分は遥くんと、もう半分は環境のおかげです」
僅かに口元を緩ませて、衿華はそう口にした。
「……あなたになら、隠す必要もありませんか。”魔法少女コンセプトカフェ”、そこで私と遥くんは一緒に働いていて──彼は、私の先輩でした」
──《魔法少女コンセプトカフェ・ヴィエルジュピリオド》
確か、遥が”魔法少女”として働いていた場所だ。
そして、そこで衿華も働いていたのだという。初耳だった、けれど。
「先輩としての遥くんからは、多くを貰いました。マニュアル的なことだけでなく、素直で居ること、楽しい時間──数え切れないほどです」
ふと衿華の表情が写真に映っていた遥の笑顔と重なった。
きっと、それだけ特別な時間だった──特別な場所だったのだ。
話を聞くに、確かに遥は変わっていたのだ。
「だからこそ、恩を返さねばなりません。透羽さんまで付き合わせてしまって申し訳ありませんが」
「……いえ。それは、別に」
だって、その思い出を汚してしまったのは透羽なのだから。
本来なら責められるべき立場にいるのだから。
「それはさておき。どうしましょうか。透羽さんがここまで行っても駄目となると……」
「衿華先輩が遥のところへ行ってみるのはどうでしょうか?」
それだけ遥との間に思い出があるのならあるいは、と。
だけれど、そんな透羽の提案に対して、衿華は静かに首を振った。
「思い出を振りかざし、寄り添っているように見せかけるだけでは根本的な解決にはなりません。弱っているのなら尚更、そこに付け入るような真似はしたくないのです」
もしかしたら、過度な依存関係が生まれてしまうかも知れないから、とか。
万が一そうなってしまったら、余計に出てこないかも知れないから、とか。
恐らく衿華が言葉に含ませていたのは、そんな意味合いだったのだろう。
とはいえ、他に手がないのも確かなのだ。
二人でできることは恐らくやりきった。
それなら、後は時間が解決してくれるのを待つしか……それは嫌だ。
原因となってしまった透羽にとって、それはあまりにも無責任すぎることだから。
「……相談、してみますか」
不意に、衿華が呟いた。
「……相談、ですか?」
「ええ。バイト先の皆に協力してもらうのです。……少なくとも、今の私は誰かに頼ることを知っていますから」
頼る、と。
そんな言葉を衿華から聞くとは思わなかった、けれど。
衿華も変わったのだ。ともすればきっと、それこそが遥に貰ったものでもあるのかもしれない。
「……もし良かったら、私もついて行っていいですか」
ただ、とにかく。
ここで立ち止まって、縮こまっていてはいけない。
そんな焦燥感が言葉となって、口を衝いて出た。
◇ ◇ ◇
「コーヒーを一つ。それと──透羽さんはどうしますか?」
その言葉で透羽ははっと我に返った。
衿華と二人、訪れたコンセプトカフェ。以前は外から眺めているだけだったけれど、いざ来てみると、そこは随分と奇妙な場所だった。
まず、衣装が普通じゃない。
キラピュア風、とでも言うのだろうか。
皆がカラフルなフリルの盛られた衣装を着ている。
それに、給仕の仕方だって。一々、メニューが運ばれてくるたびに電気が消えた、かと思うとパフォーマンスが始まる。
その、どこか浮いた空気に当てられているうちに強張る体。
乾いた口は開いたところで、言葉が中々絞り出せず、しばらくぱくぱくとさせた後、結局は指先でオレンジジュースを指した。
「コーヒーが一つに、オレンジジュースが一つ。以上でよろしいですか?」
「ごめんなさい。それと、もう一つ。今──"プラム"と"シアン"はいますか?」
そんな衿華の言葉を聞いて、訝しむようにたった今注文を聞いていた"魔法少女"は衿華の顔をまじまじと見つめ、やがて合点がいったかのように頷いた。
「ああ、"ノワール"! 二人ともいるから、少し待ってて」
すぐに彼女は店の奥、従業員室らしきところに消えていく。
それと入れ替わりに出てきたのは、青い髪のポニーテールをした少し気が強そうな"魔法少女"と、ピンクの髪をサイドで結んでツインテールにしたとにかく目立つ"魔法少女"だった。
「衿華ちゃんっ! 久しぶりっ! 元気だった!?」
「ええ。杏先輩もお久しぶりです」
杏と呼ばれたピンク髪の少女は席に着く前から、手を振りながら衿華の名を呼ぶ。
一見大袈裟にも思えるそのはつらつとした様子は、透羽の知る女子高生よりもずっと浮いているように思えた。
出る杭は打たれる、ではないけれど。クラスに彼女みたいな女子がいたら注目を浴びていたに違いない。
「それに、紗さんも、お変わりないようで」
「……これでも、あなたに負けてからの三週間で成長してる身ですわ。次の総選挙、見に来てくだされば驚かせて差し上げましてよ」
紗と呼ばれた青髪の少女は、席に着くなり足を組んで、すぐに解いた。
見た目通り、気が強そうといった様子だ。
とはいえ、刺々しい口調と反面、その表情は緩んでいる。
彼女たちと衿華の間に何があったのかは知らない。
それでも、ただのバイト仲間と呼ぶには足りないようなものが、そこには生じているように思えた。
その中に、遥も加わっていたのなら。
確かに先程口にしていた通り、衿華はここで多くを貰ったのだろう。
「それで、あなたは? 衿華ちゃんのお友達?」
杏がその眼差しを透羽に向けてくる。
どこか柔らかい物腰のせいか、促されるままに自己紹介をしてしまった。
「え、えーっと、彩芽、透羽ですっ。衿華先輩の後輩で……あと、その、遥の幼馴染、してましたっ!」
してましたって……とばかりに心中ツッコみつつ噛みながらも一応の自己紹介を終える。
「そっか、透羽ちゃん、だね。よろしくっ!」
だけれど、杏はさして気にしていない様子で。
屈託のない笑顔をこちらに向けてくる。
天然なのかそういうキャラ付けなのか判別はできなかったけれど、少なくとも話しやすい相手だった。
「……さて。今日は何か用事でもあるのではなくて? ただ、透羽さんを紹介するために来たわけではないのでしょう?」
そんな中でも、紗は至極冷静だった。
彼女の言う通り本題は別のところにある。
「──ええ、遥くんのことで一つ。お二人に相談したいことがあるのです」
その名前が出た瞬間に、空気が張り詰めた気がした。
ここでの出来事は透羽の預かり知らぬところではあるけれど、それでも、何かがあったであろうことは十分に見て取れた。
杏がおずおずと口を開く。
「……遥くんね。ここ最近、ずっとバイト休んでるんだ」
あんなに楽しそうにしていたのに、バイトにも来ていなかったとは。
……いや。その結果を招いてしまったのは自分にほかならないのだ。拳をきゅっと握りしめ、透羽は居住まいを正した。
衿華と目を見合わせる、学校で起きたことも説明しなければならない。
「──彼が"魔法少女"であること。それが、校内で噂になっているのです」
◇ ◇ ◇
「……つまり、誰かが《ヴィエルジュ》でお仕事中の遥くんを撮って、それが学校で広まっちゃった──ってことなんだね?」
「ええ。幸いここで働いていることまではバレていませんが……」
「"魔法少女"コスをしていたって事実は残り、学校にも来ていない……そっか」
情報を整理しているのか、考え事をしているのか、杏の目線が左下を向く。
だけれど、一番話していた杏が口をつぐんで。
一瞬、テーブルが静まり返った時だった。
「そんな、こと……っ!」
ガタン、と。
今まで黙りこくっていた紗が立ち上がった。
机が軋む、未だ手を付けられていないコーヒーが波打つ。
その声音は確かに怒気をはらんでいた。
「そんなこと、あっていいわけがないっ! 私たちはただ、自分の好きなものに触れていたいだけなのに、どうして……どうして、いつも……っ!」
紗が声を荒げた。まるで自分の事かのように。
早退以降遥とは一度も話していなかったけれど、彼も今頃これぐらい自分を噂する相手が憎いのだろうか。
……憎いに決まっている。
彼からすれば"好き"で"楽しい時間"に土足で踏み入られ、挙句の果てには否定されたようなものなのだから。
透羽にとっては、演劇か……いや。それが否定されたとしても、もしかしたらすっぱりと諦めてしまうかもしれない。何せ全力で向き合うことすらできなかったのだから。
それなら、彼女たちが口にする"好き"は、そこまで必死になってでも守ろうとするもの──自分の軸となる、道標のようなもの。透羽が堪らなく欲しかったものだ。
やっとのことでそれに巡り会えたのに、否定されたらどうか──きっと、辛いでは済まされない。
道標をへし折られ、引き出しの奥に大事に隠したものを引っ張り出され叩き壊されるようなものだ。
それこそ、胸が張り裂けそうな痛みであるに違いない。
「──わた」
──わたしの、せいなんです。
わなないた唇、吐き出される言葉。
だけれど、張り付いた喉がそれを堰き止めた。
途切れた言葉の代わりに、上下でぶつかった歯の根がカチンと鳴った。
「紗ちゃん、一旦落ち着こ?」
「……杏、先輩、でも……っ、……わかり、ました」
杏になだめられ、紗は座り直すと黙りこくってしまった。
それでも、その肩は震えている。
この場では一旦収まったものの、煮えきらないものがあるに違いない。
「……それじゃあ、話を続けよっか。遥くんのことだけどさ、あたしね、少しだけわかった気がする」
「本当、ですか?」
「うん。何せ衿華ちゃん、あたしは遥くんの先輩だよ? どーんと任せてくれればいいの!」
トンと胸を叩き、はつらつと杏は宣言する。
軽い口調なのに、その言葉はすとんと胸に落ちて妙な信頼感を抱かせてくれた。
「多分、だけどさ。遥くんは自信を無くしちゃったんだと思う。今、自分が自分であることに、ね」
「……遥くんが自信を無くした……? でも、私の前ではあんなに落ち着いていて、気丈で……」
取り乱したような口調で衿華は口にする。
彼女にとっての遥のイメージは、透羽が抱いていたものとは随分異なっていた。彼が変わったということだろうか。
……いや、きっとそういうわけではなくて──。
「ネタばらししたら怒られちゃうかもしれないけどね、遥くん、ずっと衿華ちゃんの前だと取り繕ってたんだ。初めて先輩になったんだから、きっと尚更だよ」
「……そう、だったのですか」
「うん。でも、限界が来たんだよ。学校で晒されて、"魔法少女"が否定されて。"好き"を否定されるのって、生き方そのものを否定されるようなものだから。逃げ出したくもなる」
杏の瞳が伏せられる。
細められたそれが、僅かに揺れた。
「うずくまってたら、少なくとも否定はされない。それはそれで苦しいけど、否定されない分そっちの方がマシだって……そう思える時もあるから、もっと苦しい」
まるで自分のことかのように杏の表情がくしゃりと歪む。
きっと、彼女にしてみてもそれは他人事ではないのだ。
ここにいるのは、何かしらそういう経験がある人ばかりだから。
「……でも、それでも……」
だけれど、衿華は首を振った。
「遥くんは、絶対に戻ってきます」
遥が逃げっぱなしでいること。
そんなことはないと断じるように、強い口調で言葉を継いだ。
「──私は、遥くんを信じます」
◆ ◆ ◆
ずっと、信じてきた。
手際が良かったから、とか。所作が整っていたから、とか。
仕事とは関係なしに、衿華はその背中を見てきたのだ。
──ここで引き止めなきゃ後悔するから、なんです。
夏合宿前、衿華が割り切ろうとした時に、遥はそれを良しとしなかった。
やりたいようにやって欲しい、と。皆一緒に根回しもサポートもしてくれた。
──だから、一緒に戦いませんか。
遠慮がちにイベントを避けていた衿華に対して、遥は拳を突き出してそう口にした。
思えば、あの時に《総選挙》に参加したいと、素直に答えたからこそ、こうして惜しんでしまうぐらいに時間があっという間に流れていったのだと思う。
——お話、聞かせてください。あなたの、先輩として。
だけれど、その手を取った瞬間が。
初めて遥が手を差し伸べてくれたその瞬間に──全てが変わったのだ。
後悔はしなかった。好転していった。
欲しかったいまは、伸ばしたその手が掬い上げた。
だから、こそ。
「……例え、遥くんが自分を信じられなくなったとしても、私は信じます」
途端、杏が目を見開いて。
それから、ふっと表情を緩めた。
「……そっか、衿華ちゃんも言うようになったよね。誰に似たんだろ?」
「遥くんです」
ぷっと隣の紗が吹き出す。
僅かに空気が弛緩した中で、ぽつりと杏が呟いた。
「遥くんの問題を解決するなら、まずは自分に自信が持てるようにしなきゃ」
「……自信、ですか?」
「うん。自分の”好き”に真っすぐでいられて、そんな自分が”好き”になれるような自信。あたしが、一番欲しいものだったから」
杏は笑みを浮かべていた。
でも、伏し目がちで、少し口元が引きつったようになっていて。
杏はどこか、遠い目をしていた。
「……まあ辛気臭い話は置いといてっ! とにかく、今は遥くんだよ。まずは……そうだなあ、問題に向き合える場を整えることが一つ。確かにね、ここは”好きを分かち合える”場所。だけど、外から閉じた場所でもあるから。真正面から向き合わなきゃいけないと思うんだ」
《ヴィエルジュ》にいるのは皆”魔法少女”好きだ。
だからこそ、”好き”を否定されることのない居心地が良いけれど、見方を変えれば閉鎖的な環境がここにはある。
「……だとしたら、学校しかない、と。わたくしはそう考えますわ」
紗が相槌を入れる。
遥の問題は学校で起きたものだ。
慰めて、ここに連れてきたところで根本的な解決にはならない。
それどころか、尚更ここに依存してしまったら、彼を閉じ込めてしまう可能性すらある。
ただ、だからといって、学校に連れ出したとして──下手なやり方をしてしまえば問題を解決するどころか余計悪化させてしまうかもしれない。
杏と紗によってある程度の道筋は示されたけれど、まだ直接的な解決方法は見つからない状況──。
「……遥が”魔法少女”コスをしていたことの理由付けをするのはどうでしょうか」
不意に透羽が溢した。
理由付け。遥が魔法少女コスをした、正当な理由。
それも、考えるのなら《ヴィエルジュ》から離さねばなるまい。
「理由付け……つまるところ、彼のコスプレに万人が納得するような理由を与える、ということですか?」
そんな理由が。
思い当たる節が、一つだけあった。
全校の前で遥のコスプレはこのためのものだったのだとアピールして、ここから目を逸らさせ、かつ、一時のもの、一イベントに過ぎないのだと遥の汚名を流してしまう方法。
それとは別に、遥が真正面から問題に向き合える場。
衿華の脳裏をよぎったのは、あと一週間後に待ち受けるイベントだった。
「──文化祭なら、どうでしょうか」
ただ、それは遥一人でどうにかできる問題ではない。
学校中に流れた噂を消したいのならば、真正面から全校に立ち向かわなければならない。
一人で戦うには、強大すぎる相手だ。
「……今度こそ、私が手を差し伸べますから」
だからこそ──離れた手と手を、もう一度繋ぎ止めるため。
隣に立つ、共に戦うのだ。
もう一度、共闘体制を結んで。
如何にして全校に立ち向かうか──そのための算段が衿華にはあった。
◆ ◆ ◆
「今日はありがとうございました、透羽さん。おかげで、打開策が見つかった気がします」
帰り道、衿華は彼女らしからぬ伸びをした。
ようやく、何かしら解決の糸口が見つかったから、というのもあったのだろうけど。
だとしても、透羽には未だ引っかかるところがあった。
「……でも、本当にできるんでしょうか。衿華先輩の負担も大きいですけど、何より遥が……」
「言ったでしょう? 私は遥くんを信じる、と。彼なら、戻って来るに決まっています」
なるべく実現性が高い計画にはした。
それでも、遥の決断一つで根本が揺らいでしまうことには違いない。
だというのに、衿華は信じて疑わないのだ……というよりも、自分に言い聞かせてるのかも知れないけれど。少なくとも衿華は信じている、遥は戻って来る、と。
「……どうして、そんなに遥を信じるんですか……?」
「……そう、ですね」
少しばかり顎に手を当て、考えるような仕草を見せると衿華はぽつりと溢した。
「私にとって遥くんが”魔法少女”だから──でしょうか」
「……まほう、しょうじょ……?」
「──ええ。ご存知ありませんか? たとえ地に伏せたとしても、一度敗北を喫しても、”魔法少女”は必ず立ち上がる。どれだけ強大な敵が相手でも──だから、私はそう信じていたいのです」
その瞳は、少しも揺らがない。
衿華も杏も紗も、今日出会った相手は皆がそうだった。
遥が傷ついていることを自分のことのように思い、それでも、彼が戻ってくることを信じている。
衿華に至っては、今まで築き上げてきた自分のイメージをかなぐり捨ててまで遥に手を差し伸べようとしているのだ。
それならば──恐怖心とちっぽけなプライドのために、いつまでも口をつぐんでいるわけにはいかなかった。
「……あの、衿華先輩。わたし、ずっと黙ってたことがあって……っ」
衿華は驚いたような顔を──せずに、ただ静かに頷いた。
「……わかりました。立ち話もなんですし、どこかに座りましょう」
もう、わかっているとでも言うように。
先導するように数歩先を歩き始める衿華。
その表情は捉えられなかったけれど──ただ、その背中が大きく見えた。
◆ ◆ ◆
象られたハートに小さな亀裂が入っていた。
拾い上げたライト、白んだプラスチックに、接触が悪くなったボタン。
それを手の中で転がして、遥は息を吐く。
吐き出された呼気は、ひどく冷めていた。
近頃は、頻繁に朝からチャイムが鳴る。
このしつこさは透羽だろうか。
──演劇が、したいんです。
ふと脳裏をよぎったのは、いつかの定例会で提案した透羽の姿だった。
あの時の彼女は、胸を張っていた。
衿華に反論されようが、周囲が全く手を貸してくれなかろうが、途中で言葉に詰まることはあれど、最後まで言い切ってみせた。
それに対して、自分はどうだろうか。
そんな自分を顧みて、遥はため息を吐いた。
体を横たえ、ベッドに丸まっている。
学校にもバイトにも数日顔を出していない。
両親共々働きに出ている。朝は早くて帰りは遅い。
《ヴィエルジュ》で働き始めたときもそうだったけれど、二人とも子供には基本的に自由にさせる方針だ。悪い言い方をしてしまえば、あまり興味がないだけなのかもしれないけれど。
最初は学校に行ってきたふりをして誤魔化した。
そして、今は仮病だ。
熱は出ていないから一人でも大丈夫、と。
ただ、これ以上は流石に両親も疑い始めて──そして、事情を聞いてくるだろう。
いい加減に何か手を打たなければいけない、というのに。
もし、今学校に行ってしまったら──”魔法少女”のことでまたからかわれるに違いない。
言い返せる勇気があればいい。透羽みたいに堂々としていられたらいい。
だけれど、そんな自信はない。
それなら、”魔法少女”をやめてしまえばいいのだろうか。
一時の気の迷いだった、とか。無理やり着させられたものだった、とか。実際は興味ない、とか。
「むり、だよ」
震えた手の中で転がるライト、こもった力のせいか、小さな光がつく。
《ヴィエルジュ》に入った時だって、今だって。
一度は捨ててもなお、結局は拾う、その繰り返しだった。
”魔法少女”を──捨てられない。
そうしなければ変われない、と言うならば。
真白遥はきっと──うずくまっていることしかできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます