#26 「私のこと、あなたと」

2015年12月25日(金)

日記を書くように言われた。上手な文章を書く練習だという。

仕事に行く前にお母さんから貰ったこの日記帳が、私にとってのクリスマスプレゼントだ。

頑張って書きたいけれど、だけど、初日から余りそう。

お母さんは会社に行ってしまったから。パーティーとかしてくれない。

冬休みは、退屈だ。


2016年8月31日(水)

今日で夏休みが終わる。

振り返ってみると、一番楽しい日だった。

お母さんが、プールに連れて行ってくれたこと。

市民プールは混んでいて、あまり遊べなかったけれど。それでも、お母さんが私のために時間を割いてくれたから、それがたまらなく嬉しかった。

今日でちょうどこの日記帳も全部埋まる。

退屈な夏休みばかり書き記してしまったから、最後に楽しい思い出を残してあげられて良かったと思う。


2018年9月28日(金)

最近は忙しかったから、日記を書くのは久しぶりだ。

端的に結果だけを残すのなら私は生徒会副会長になった。

中学一年生で目指すのは難しいと言われはしたけれど、結局は信任投票でしかなくて、案外あっさりと決まったからちょっと拍子抜けしてしまった。

まだ道半ば。来年は生徒会長を目指すつもりだ。

そうやって、ちゃんとした子に私がなれば、お母さんも安心してくれるんだと思う。


2021年3月18日(木)

今日は中学校に行く最後の日、卒業式だった。

私は生徒会長として答辞をすることになった。

その原稿が一度のチェックで通ったのも、恐らくはこの日記を書く習慣のおかげだろう。

中学校生活を総括して何かを書き残せる。そうすることができれば良かったのだけれど。

私は涙ぐんで答辞を読める子じゃなかった。

もしも、お母さんが来ていたら、私は泣いていただろうか。

わからない。ただ、こうして過ごしてきた三年間、あるいは九年間を、できることならば私は惜しみたかった。


2021年3月28日(日)

今日は、溜めていたキラピュアの新シリーズを見た。

DASH!最終回を見たときの喪失感が大きくて、中々手を出せずにいたが相変わらず面白かった。

それは私の生活を埋めてくれて、また何事もなく新生活が始まる。

そうなのだろうか。一年一年、何不自由無く過ぎていく。それでも、DASH!が放送されていた時のことを、私は忘れていない。

毎晩、楽しみだったことも、DASH!を見るために何度も眠い目を擦ったことも。涙だって流した。


私は、何事もない一年が怖い。

あと一週間で高校生になるわけだけれど、今度こそは惜しみたい。

惜しんで喪失感を味わって、そして、終わる時には泣いていたい。

でも、ちゃんとした子でもいたい。一人で頑張っているお母さんに迷惑をかけたくないから。

どっちつかずで、不器用な私だ。ちゃんとした子でい続けたら、またなあなあで終わってしまう気もするけれど。それでも、自分がなりたいようにって踏み出すのが怖い。


変わった私を、悔いるのが怖い。



◆ ◆ ◆



「ありがとうございます。……、先輩」


コトン、と。

手元から落ちたライトなんてお構いなし。


「……え」


遥は、衿華の顔を凝視した。

彼女の口から漏れた言葉が、素直に信じられなかったから。

ブランではなく、先輩と呼んだから。


──遥は、変わらないね。


一瞬、そんな言葉が脳裏をよぎった。

もしかしたら”魔法少女”にしがみつく自分自身の子供らしさが一蹴されてしまうんじゃないかって、そう思ってしまった。


とはいえども、それに気がついたのは衿華だ。

決して彼女は遥が”魔法少女”をしていることをバカにはしない──するわけがない。

誤魔化すことはせずに、遥はそれを裏付ける一言を口にした。


「……バレて、しまいましたか」


そうだ。バレてしまった。

だけれど、衿華は顔色一つ変えることがなかった。


悪い言い方をすれば、普段の彼女に近い、少し仏頂面よりの顔。

それでも、今この場においては──普段通りであること。


「やはり、そうでしたか」


笑うことも、露骨に態度を変えることもなく、そうあってくれること。

それが、遥にとっては何よりも嬉しかった。

だからこそ、ここでは自然体でいるべきだと、そう思ったのだ。


「……なんで、わかったんですか?」

「大したことじゃありません。言動も、顔立ちだって──変わるものじゃありませんから。決め手になったのは、先日『後悔しませんか』と。あなたが言ったことです」


どうやら、衿華はその言葉を口にした時、隣に遥がいたことをしっかりと覚えていたらしい。

そうなると暑い中汗をかいてでも”魔法少女”でい続けたことは無用な努力となってしまった。

……いや。実際、衿華たちも着替えてくれたから、正確にはいい思い出づくりにはなったけれど。

どちらにせよ、遥の正体は言動という小さな転機を経て、バレてしまったわけである。


「……もっと前から、わかってはいたんですか?」

「裏付けになったのは、この間の発言でしたが、以前から薄々と気づいていました。ただ、私自身、バレたくないと。先輩の立場だったら、思ってしまいますから。それに……怖かった節はあります」

「怖かった?」


怖い、と。

生徒会での衿華しか知らなかった頃──衿華を信じていた頃は、まさか彼女からその言葉を聞くことになるとは思いもしなかっただろう。

だけれど、もうお互いになんて無いことを知ってしまっている。


「……ええ。私には、可愛げがありませんから。生徒会室でも何度かあなたには厳しいことを言ってしまいました」

「別に気にしてませんよ。それは衿華さんが真面目なことの証明、でしょう?」


確かに衿華は厳しい。他人にだけではなく、自分にも。

生徒会での活動だって、ここでのバイトだって、何事も手を抜いてこなかった。

それが、を取っ払ったうえでも残る、彼女の芯なのだと思う。


「ある意味で、私はあなたの正体を人質に取っていたのです。そうしている間は、私が”魔法少女”をやっていることを、万が一にもあり得ないことですが──外で言いふらすことはないでしょうから」


思いの外、打算的な理由で衿華は今まで遥の正体に気が付かないふりをしていたのだ。

ただ、彼女が言う「怖い」の意味が遥にはよくわかる。


学校で言いふらされるかもしれない。あいつは”魔法少女”を──コスプレをして、コンセプトカフェで働いているんだ、と。後ろ指を指されるかもしれない。

それは何よりも怖いことだから。だから、正体を知っていながらもお互いに口にはしなかった。


「それでも、それを破ってでも、互いに本当の意味でのままで──あなたに聞いて欲しいと思ったのです」


しかし、衿華はそんな互いの間にあった最後の壁を乗り越えて、ついに踏み込んできた。



「──私のことを。先輩、あなたに話したい」



遥を見据える瞳は、僅かに揺れていた。

触れた手のひらは震えていて、ずっと冷たかった。


それだけ、彼女にとって自分のことを話す、というのは難しいことだったのだと伝わってくる。



「”魔法少女・ヴィエルジュブラン”改め──真白遥です。わかりました。聞かせてください」



だからこそ、相手が自分の中の大切な部分をさらけ出すのならば、遥だって”魔法少女”という外面を纏っていてはいけない。

バレたという形ではなく、自分から。

また、相手に踏み込んでいかなければならない。


「……ええ。是非、聞いて欲しいのです」


外面はお互いに捨てた。

ただ触れるだけだった手を衿華が取った、まだ悴んでいる。

わなないた唇が、言葉を紡いだ。



「”ヴィエルジュノワール”──黒咲衿華。……私のこと、お願いします」

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