#18 「魔法少女は混ざれない」

「はつらつピンク! ピュアっと可愛いあたし──”ヴィエルジュプラム”をよろしくお願いします──っ!」


声を張り上げ、手を振る。

はつらつ可愛いと自負する”魔法少女”が、ステージの上で飛び跳ねていた。


まばらだけれど力強い拍手が広がる、その中できゅっと。

握られた手が微かに膝の上で震える。

《魔法少女コンセプトカフェ・ヴィエルジュピリオド》。

学校を抜け出しきたはいいものの、戻らなきゃって罪悪感も胸を刺していて。

その最寄駅、電車には飛び乗れないまま、その周りをフラフラと歩いていた時に偶然見つけた場所だった。


「それじゃあ、浄化行っちゃうよーっ!」


初めて来たコンセプトカフェは、すんとビルの中一人ぼっちでいたはずなのに、そんなことをちっとも思い出させないぐらいにやたらとキラキラしていて、騒々しい場所だった。


『これ、蒼井のでしょ? 早く仕舞いなよ?』


机の上に置かれたノートの一ページ。

ぼっち、幼い、変な子、ピュアオタ、ウザい。異なる筆跡が連なって記された数多の罵詈雑言。

空っぽの机の上に、ふとそれを見た気がして視線を落とした。


未だに二つの握り拳は震えたまま。

むしろ、見つめていれば見つめているほどぐわんと像が乱れていく。

学校にしても、こんなカフェにしても、どこかに飛び込んでしまえば、そこにはもう世界が形成されている。

客、店員、生徒。括りは違えど、皆がコミュニティーを形成していて。

だから、どこにも押し入っていい隙間なんか──。


「お待ちどおさまっ! 今日の浄化はあたし、ヴィエルジュプラムが担当させていただきますっ!」

「は? え? あの、何が……」


そんな憂いも何もかも。

不意に近づいた軽快な足音で、全部一度黙らせて。

存在感全開で、はステッキ片手に机の前で立っていた。

派手なパッションピンクの髪に、カラコンでも入れているのか同じ色の瞳。

顔が派手派手なら、服もまた同じ。肩、胸元、腕、鮮やかなピンクと盛られたフリル。

あまり、見たことがないような──ともすれば、浮いているようにも思えるぐらい奇妙な格好をした少女だった。


「悪いけど、名前聞いてもいい?」

「あ、えっと……す、紗、ですっ。蒼井、紗」

「紗ちゃんだねっ! りょーかいっ! あたし、最近浄化の中で怪物にお名前書く練習しててっ!」

「あの──だから、どういう……」

「あー、ごめん。説明が遅くなっちゃったね。まず、これは怪物」


人を襲うし、とても怖いんだよー、と。

真面目くさった顔で今しがたプラムと名乗った少女は机の上に鎮座している巨大なオムライスを指してみせた。


「……えーっと。怪物……? あの、どこが……?」

「トマトの目、書かれてる口。それだけあれば立派な怪物だよ。そして、あたしが”魔法少女”! 今からで怪物を浄化して、あなたを助けるのっ!」


言っていることは無茶苦茶だ。

それでも、絶対に反論させまいとするようなどこか凄みのある口調でプラムは言い放つと、手元に持った棒状のものを構えた。


「……それは、何ですか?」

「もちろんステッキ、”魔法少女”のマストアイテム! 最近は色々あるけどあたしはダンゼンこれ派! あたしのとびっきりの魔法とケチャップ内蔵。怪物退治には持って来いなのっ!」


一つ聞いたら、二個三個、熱っぽい答えが返ってくる。

何だか呆れてしまうぐらい、プラムは浮いている。

周りに溶け込んで、何とかやり過ごそうとしているようにはちっとも映らなかった。


「それじゃあ、始めるねっ! ”大好き、トキメキ、いま──光となれ”っ!」


──それでも、例え浮いていても。


天井から降り注いだ光がプラムを染め上げる。

それなんか全然物ともしないぐらいずっと眩しい笑顔が紗を向く。


「”プラム・ファンタジア”っ!」


──構わないと言わんばかりに、彼女は今こんなに輝いている!


それを知った時、多分、紗の胸に灯ったのはその時だった。


「浄化、完了っ!」


ステッキを持ったまま、プラムが紗の手を握りしめる。

こもった熱が指先を通して伝わる。

得意げにこれまた満面の笑みとともに、プラムはオムライスを指す。


「これ見てっ! あたしの最高傑作っ!」


机の上に置かれたオムライス、真っ黄色なその上。

ケチャップで真っ赤に、辿々しくて、でもはっきりと書かれていた。


『すずちゃん、たのしんで!』


どれだけ、彼女は──目の前にいるプラムは、この瞬間を楽しんでいるのだろう。

聞くまでもないことだった。忙しない仕草が、その笑顔が、一瞬一瞬の楽しさをそのまま映し出している。


「ぷっ、ははっ」


何だか今まで考えていたことが全部馬鹿らしくなるぐらい、吹っ切れてて、活き活きとしてて。

今が大好き、と。何かに押し込まれても、勝手に自分で型から抜け出しそうなぐらい目一杯輝いてて。


「......いいな」


羨ましい。そういう風にいられるのが、そうあれるのが。


”憧れ”と、そう呼んで差し支えのないもの。

はつらつ可愛い”魔法少女”を前に、紗の胸に焚べられたそれは、力強く燃え上がった。



◆ ◆ ◆



「今日も来てくれたんだ。ありがとね、紗ちゃん」

「──シアン、です」

「……シアン……?」

「わたしの──いえ。わたくしの、”魔法少女”としての名前です、わ」


最初にヴィエルジュを訪れてから三ヶ月。

初めてアルバイト──”魔法少女”として、プラムの前に立った日。

青いドレスに、同じ色のカラコン──なんなら、ウィッグまで装着して。

青まみれ。全方位、マキから貰った”ヴィエルジュシアン”として塗り固めた状態で、紗はドアを叩いた。


「……ふーん、道理でいつもと違うカッコ……。なるほどね、バッチリ”魔法少女”してる感じかぁ」


最初、顔を合わせた時に杏は眉を潜めて、上から下までじっくりと紗を眺めた。

もしかしたら、攻めすぎだったのかもしれない──。


プラムだって毎日攻め攻めで”魔法少女”をやっているけれど、それはあくまでも仕事中の姿だ。

今の彼女は、ピンクの髪をまとめ上げポニーテールに、カラコンはなし。

どう見ても、オフの姿──仕事外でここまでする”魔法少女”はプラムにとっても変なのかもしれない。

穴があったら入りたい。

次第に熱くなっていく頬を、紗が抑えようとした時だった。


「丈の長いドレスに、丁寧口調──お嬢様っぽい感じ? うーん、でも口調は大分勝ち気かも。だとすると……高飛車お嬢様”魔法少女”、とか? うん、それいいかもっ!」


ぱしっと。プラムは紗の手を掴むと、もう片手で自分が着けていたヘアゴムを外し、それを握らせてきた。


「これでポニテ作ればイメージ的にはピッタリな気がする。あ……嫌だったら、そのままの髪型でもいいんだよ……?」


いけない、視界が滲んでしまう。

押し付けがましい自分に非でもあったというように、プラムは慌てて一度紗に握らせたヘアゴムを回収しようとする。

だけれど、そういうわけじゃない。


「……いいえ、着けさせていただきます、わっ」


その手を払い、括った髪束、ゴムに通し、出来上がったポニーテール。

晒されたうなじがスースーする。気恥ずかしさから手を当てつつも、それは間違いなく”憧れ”の”魔法少女”から貰ったものだった。


「……まあ、気に入ってくれたなら全然嬉しいんだけど。ところで、もう一度聞いておくけど──”ヴィエルジュシアン”、なんだよね?」

「は、はいっ。昨日、マキさんからそう教わりましてっ」

「そっかぁ、じゃあ嬉しいっ!」


ふにゃり、と。どこか凝り固まっていた表情をプラムは綻ばせた。


「あたし、ちょうどさっきマキさんから”シアン”の教育係に任命されてすっごい緊張してたんだけど……それ、紗ちゃんのことだったんだ。なら、安心だよっ!」

「そ、そうだったんですか……? プラムさんが……あたしの、せん、ぱい……?」


プラム直々の”魔法少女”採点とアドバイスに加えて、これからも教育係として色々教えてくれる──。

そんなに素晴らしいことがあっていいのか。

噛み締めた幸せに、紗の頬が緩む。


「そっ! 右も左もわからない状態だろうと、あたしがいるから大丈夫っ!」


ぽん、と力強く胸を叩くと、プラムは宣言した。


「……って、自己紹介がまだだったね。あたしは”ヴィエルジュプラム”こと桃瀬杏。呼び方は何でもいいから」

「杏、先輩……」


プラムではなく、杏。

口にしてみて紗は気が付いた。

目の前の相手は立派な”魔法少女”だ。それを、名前で呼ぶのはどうにも違和感がある。


「……正直、恐れ多いです。それじゃあ……”お姉様”、とか」


ぼふん、とほんのり熱くなった頬を紗が抑えるよりも先に顔を真っ赤にしたのは杏の方だった。


「……それ、すっごい破壊力だよっ」

「攻めすぎ……でしょうか?」

「ううん、そういうコトじゃないけど……まあ、”魔法少女”はお約束にすら縛られないものだし。それでこそ、か。お姉様、だね」


まだ顔は赤くて、それでも、弾んだ声音でそう言い切ると、杏はもう一度紗の手を取った。


「それじゃあ、改めて紗ちゃんの自己紹介も聞きたいな。先輩後輩として、しばらく一緒にいるわけだし」

「わかりましたっ、白千川高校一年、蒼井紗ですっ。つい先週高校に入学したばかりのじゃ、若輩者……ですけど、よろしく、お願いいたします」

「……紗ちゃんって結構真面目なんだ。そこってここから一時間半ぐらいかかる学校じゃなかった? すごいなあ、あたしじゃ通える自信ない距離だよ」


口が乾く、自分のこと話すのって緊張する。

そんな紗の表情を見てか、ぷっと小さく吹き出すと、杏はフォローを入れた。


「……なんて。もう少し肩の力抜いた自己紹介で良いんだよ? 好きな”魔法少女”とか、あたしだって新人にする話そればっかりだし。ちなみに、あたしが好きなのはね、”ピュアファンタジア”!」


キラピュアは大好きだ。

ずっと、それこそ今だって見ている、けれど。

真っ先に紗の頭を駆け巡った無数の名前の中で、真っ先にくっきりと描き出されたのは──画面の向こうじゃなくて現実リアルで、紗の手を取ってくれた”魔法少女”だった。


「わた──くしも、ピュアファンタジア始め、キラピュアは……好き、ですけど、それよりもっ」


好きを伝えるのって、足がすくむ。


『わたしが好きなもの──”キラピュア”、とか』


中学に入ってすぐの時、ひょんなことから正直に口にしてしまったこと、カバンに付けたラバーストラップ、ヘアゴムにあしらわれていたワンポイント。

”好き”が、ずっと紗を追い込んでいたから。


それでも、杏は違う。

現実リアルだろうと、二次元ファンタジーだろうと。

絶対に、受け止めてくれる。

間違いなく、拒まない。


「”ヴィエルジュプラム”、ですわ──好きな、魔法少女っ!」


また、杏が顔を赤らめて。

今度は紗とて無事ではなかった。両方、顔は真っ赤。そんな顔を互いに見つめ合いながら、誰ともなく、顔がにやけてくる。


「そっか。ヴィエルジュプラムが好きとなれば、それは超特大の大型新人だよっ! あたし、紗ちゃんと”魔法少女”するのが楽しみっ!」


強く、杏が掴んだ手を引く。

とん、と。ドアの境を越えて、紗の体はドアの内側へ──ロッカールームへと滑り込んだ。


「ようこそ──ヴィエルジュピリオドへっ!」



◆ ◆ ◆



「……ここ、いい?」


ちょっと強引で、いつでもあたし全開で。

けれど、その分だけ優しいのが杏だった。

だから、その優しさに甘えてしまったのだと思う。


バイトを始めた日と同じ、ワガママを言った自分にすら近づいてきてくれる杏の姿に視界が滲んだ。

あんなに迷惑をかけて、突き放すようなことまで言ってしまったのに、距離を測るようでも、何とかそれを埋めようとするように、杏は紗の向かいの席に腰を下ろす。


「……その、お姉、様……先程は……」

「……もしよかったら、まずはお話しよう? あたしも謝りたいこと、あるし……魔法少女・ヴィエルジュプラムでも、お姉様、でもなくて」


意を決したように、机の上に置いた手をきゅっと握りしめると、杏は口にした。



「あたしは、紗ちゃんの先輩──桃瀬杏として、あなたの話を聞きたいの」

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